デジタル技術の進化とともに、軍事もシステム化・ネットワーク化が進んでいます。一方でサイバー攻撃の手口も巧妙化しており、国の中枢機関に求められる安全対策は厳しさを増しています。今回のインタビューでは防衛省の遠藤理瑛氏に、情報通信分野における民間企業との連携や情報セキュリティとの向き合い方についてお聞きしました。
(取材日:2025年10月8日)
(文責:株式会社PoliPoli 秋圭史 )

遠藤理瑛(えんどう りえ)
防衛省 大臣官房 秘書課 部員(副大臣秘書官)
2011年防衛省入省。主に、航空自衛隊の予算編成、自衛隊の運用、安全保障貿易管理(経済産業省出向)、サイバー政策、防衛省サイバー人材総合戦略の策定に従事。2024年より整備計画局サイバー整備課先任部員(筆頭補佐級)として、能動的サイバー防御の検討や防衛省次世代情報通信戦略の策定などを担当。取材時は、人事教育局人材育成課先任部員。
2025年10月より現職。
民間企業が持つ先進的な技術の取り込みを促進
ー2025年7月に「防衛省次世代情報通信戦略」が策定されました。まずは、この背景や目的を教えてください。
情報通信は国民の生活や社会の基盤です。能登の震災でも露呈しましたが、ひとたび民間の通信インフラが打撃を受けると、人々の生活に重大な影響が及びます。これは防衛の分野でも同じで、現代では、装備品のシステム化が進み、戦車、艦艇、航空機、戦闘機などがネットワークで連携しながら任務を行う時代です。つまり、情報通信は防衛省の任務遂行に不可欠かつ根幹的な領域といっても過言ではありません。
その上で、特に近年は、リアルタイムの大容量通信や、AI等を活用した高度なデータ処理・分析を背景とした戦い方が顕在化しており、各国では「ゲームチェンジャー」と呼ばれる革新的な技術を軍事領域に応用する流れが加速しています。防衛省としてもこのトレンドに乗り遅れてはいけないという認識があり、そのためにも民間技術の取り込みが非常に重要です。今般の戦略策定には、このような背景があるのです。
ー民間の技術の取り込みに向けて、本戦略はどのような効果があるのでしょうか。
民間企業の方とお話していると「防衛省の考えていることが見えづらい、よく分からない」とか、そもそも「防衛省にアポイントを取ったり提案したりするのはハードルが高い」という声を聞くことがあります。確かに、この市ヶ谷の本省がある地区は当然、厳重に警備されており、誰かと約束をして、入門手続きをして、といったこと自体にハードルがあるのかもしれません。
実際は、これまでもさまざまな形で情報発信をしてきているのですが、民間の皆様から見ればアクセスしにくいのが現状ということなのだと思います。しかし、優れた技術を持つ民間企業に敬遠されてしまうのは非常にもったいない話です。そのため、我々の考えをより明確に提示し、皆様に予見可能性を持っていただくことが必要でした。「防衛省次世代情報通信戦略」は、防衛省・自衛隊の情報通信についての考え方をひとつのコンセプトペーパーとしてまとめたものであり、民間企業との連携のハードルを下げる一助になると考えています。
ー政府内で戦略策定はどのような効果を生んでいますか。
まず、このようなペーパーがあると他省庁とも非常に連携しやすくなります。政府全体で企業支援策など様々な施策を動かしていますが、それらを推進する中で複数の省庁が連携する必要も出てきます。連携に向けて意見交換する上で、このように明文化されたものがあれば他の省庁が何を考えているか把握でき、議論も活発になります。そういった意味でも、本戦略の策定にあたっては他省庁の皆さんからも前向きな反応をいただきました。
また、防衛省内の意思統一においても役立っています。本省は自衛隊員を含めると27万人という巨大な組織で、各部門が的確に任務を遂行するためにも情報通信分野の活用の方針や重要性は明確にする必要があります。2024年にも「防衛省サイバー人材総合戦略」という文書を出しましたが、これも部内で政策を推進するドライバーとして非常に有益でした。対外的にも、対内的にも、戦略や方針を明文化することには大きな意義があります。
防衛力の強化が国全体の経済成長につながる好循環

ー民間企業との連携において、重視されているポイントを教えてください。
防衛力を強化することも大切ですが、連携を通じて民間の技術開発を後押しし、国の経済力強化につなげることを特に重視しています。防衛力の向上が経済力の向上につながる好循環を生み、結果としてトータルの国力を上げるのが理想です。
先述の通り、防衛省は27万人のユーザーを抱える巨大組織であり、その「スケールメリット」と「ニーズの多様性」という強みがあります。私たちが先端技術を試験的に活用することで充実したデータ取得につながり、フィードバックもより効果的になると考えています。企業側としては開発の加速や戦略のブラッシュアップにつながり、特にスタートアップ企業にとっては事業の成功確率を高める契機になると思います。
ースタートアップと協業する場合は特にスピード感も重要ではないでしょうか。
その通りで、役所は何事も「遅い」と言われます。意思決定に時間がかかる体質を変えていかなければなりません。そのため、すべてをガチガチに固めて進めるのではなく、仮説検証しながら柔軟に方針転換するアジャイル型の開発ができないか、検討を進めているところです。
「安全な通信は存在しない」という前提でセキュリティと向き合う

ー防衛は特に情報セキュリティが求められる分野ですが、AIなどの先端技術活用とセキュリティのバランスに対する方針を教えてください。
御指摘のとおり、AI技術にはデータ汚染やデータのバイアスなどのリスクが指摘されており、またAIにより高度かつ複雑化したサイバー攻撃も想定されると考えています。
こうしたセキュリティリスクを考える上で私たちが大切にしているのは「リスクをゼロにすることはできない」という考え方です。従来、セキュリティ対策にはファイアーウォールで内部と外部を遮断する「境界型防護」が主流でした。しかし、今は多種多様なセキュリティリスクがあり、サイバー攻撃ひとつを見ても高度化・複雑化しています。
有名な事例が2つあります。ひとつはアメリカの政府機関や大企業にソフトウェアなどを提供していたSolarWinds社が、サイバー攻撃者によって知らず知らずのうちに製品を改ざんされていた事件。これは「サプライチェーン攻撃」と呼ばれるもので、SolarWinds社も自社が攻撃されていると思っていないため、改ざんされたソフトを正規のアップデート版として配信してしまいました。
もうひとつは最近増えている「Living off the Land(システム内寄生戦術)」で、OSにもともと組み込まれているプログラムを使って攻撃する手法です。ユーザーは普通のOSの動きだと思ってしまい、不正な通信又はサイバー攻撃につながるような通信だと気づきにくいのです。このように、信頼して使っているソフトが侵されている可能性を常に意識し、「100%の安全はない」という認識を持つべきなのです。
ーこれらの脅威に対し、防衛省はどのような対応を取られているのでしょうか。
私たちは「ゼロトラスト」という考え方の導入を進めています。これは「安全な通信は存在しない」という前提で、全てのアクセスを継続的にチェックするものです。例えば、通常はパソコンを触らない夜中の12時に正規のアカウントで機密情報にアクセスした記録があった場合、「これは本当に担当者本人の通信なのか?」という観点で確認します。
これに関連した取り組みとして、防衛省は「リスク管理枠組み」を導入しています。これは、アメリカ戦争省が採用している最新のセキュリティ基準を防衛省に適用したものです。従来は、境界型防護の内側に入ってしまえばシステムは安全で、通信も疑う必要はないと考えられていましたが、その考えを捨て、常にセキュリティチェックをしてリスクを評価し続ける体制を整えています。
ーセキュリティ対策が不可欠であることは誰も否定しないと思いますが、一方でコストとのバランスも大切なのではないでしょうか。
情報セキュリティの重要性が増すにつれて、当然コストも大きくなります。しかし、これからの時代に必要な「投資」と捉え、しっかりと予算要求していきます。ここで重要なのは、防衛省だけを守っても不十分なので、サプライチェーン全体を守る必要がある、ということです。直接の契約先だけでなく、さらにその周辺のサプライヤーにも目を向け、立体的に対策する必要があるのです。
そのために、アメリカ戦争省の取り組みを参考にした「防衛産業サイバーセキュリティ基準」を策定しており、取引する企業には基準を満たすよう求めています。その中で企業側に財政的な負担が生じる場合は、一定の支援も行います。また、防衛省と企業間で取り扱う保護すべき情報を、電子データの形で共有するため、基準に沿ったセキュリティ機能を備える「防衛セキュリティゲートウェイ」という通信インフラを防衛省で整備し、これを企業に使ってもらうことで、双方で協力して安全レベルを高める取り組みを進めています。
多様なプレーヤーとの対話が、強固な安全保障の第一歩

ー民間企業との連携を進めるにあたり、企業側に対して期待することや伝えたいことは何でしょうか。
私たちとしては、まず多くの企業と意見交換させていただくことが重要だと考えています。防衛省の戦略や施策を見て「こういう構想を持っているなら、この技術も必要なのでは」といった提言をいただくことが大きなブレイクスルーにつながるのです。意見交換する中で「重要だ」と思われる技術があれば、開発を加速するために民間でも投資に力を入れていただきたいですし、政府にも要望を寄せていただきたいと思います。
ー防衛省にアプローチできる場としては、どのようなものがありますか。
例えば、経済産業省と共同で開催している「防衛産業へのスタートアップ活用に向けた合同推進会」というものがあります。参加したスタートアップ企業からのプレゼンテーションや意見交換を通じて、スタートアップ企業と防衛省・自衛隊や防衛関連企業とのマッチングを推進する取り組みです。また、防衛装備庁には「安全保障技術研究推進制度(防衛省ファンディング)」という施策があります。これは、防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な基礎研究を公募し、採択された研究課題に対して資金支援を行うものです。
民間企業の皆様には、ぜひこれらの制度を活用して自社の技術開発を加速させていただきたいと思いますが、シンプルに「意見交換しませんか」という提案も歓迎いたします。
ー最後に、民間企業の積極的な参画を促すためのメッセージをお願いします。
明日の安全保障の情報通信分野には「あなたの力」が必要です。これが一番伝えたい言葉です。いつもお付き合いしている企業さんだけでなく、多様な企業とコラボすることが重要だと考えています。幅広く意見交換を重ねることで新しいアイデアが生まれやすくなり、想定外のアイデアこそが革新的な技術開発につながります。
社会をより良くしたりインパクトを与えたりするには、政府だけでなく社会全体で一緒に考えることが一番大切だと思います。人材を育てるのも、技術を育てるのも、政府単独ではできません。「社会をどうしていきたいか」「どうすれば国が良くなるか」を、皆がそれぞれの立場で考えることで、日本は強くなっていくと信じています。













