漫画やアニメなど、日本発のコンテンツが世界で注目を集める一方で、AI技術の進歩に伴い、著作権侵害のリスクが顕在化しています。
政府は今年6月、「知的財産推進計画2024」を決定し、AIを活用した研究開発における知的財産保護の重要性を明確にしました。特に、AIが学習データとして使用する情報の著作権をはじめ、関連する知的財産権の保護を強化していく方針を示しています。
今回は、AIと著作権をめぐる指針づくりを進める中原裕彦内閣審議官・文化戦略官に、政府内での議論の方向性についてお伺いしました。
(取材日:2024年9月19日)
(聞き手・文責:株式会社PoliPoli 井出光)
中原裕彦(なかはら ひろひこ)内閣審議官・文化戦略官
1991年通商産業省(現:経済産業省)入省。経済産業省産業組織課長、内閣府規制改革推進室参事官、内閣官房一億総活躍推進室参事官、内閣官房日本経済再生総合事務局参事官、経済産業省大臣官房審議官(経済社会政策担当)、文化庁審議官などを経て現職。
日本のコンテンツ産業発展の鍵は「著作権等の保護」と「公正・円滑な利用」の好循環
ーはじめに中原審議官の担当されている分野を教えてください。
文化庁で日本のコンテンツやクリエイターの力を文化芸術の発展に活かし、それらを日本の新しい成長につなげることを担当しています。私の担当分野は、多岐に亘りますが、主として以下のものが挙げられます。
- 著作権等の保護及び利用についての制度的対応
- クリエイター支援基金などを通じたクリエイター・アーティストの育成と海外展開支援
- DX時代における取引等の適正化への対応やクリエイターへの適切な対価還元の促進
- 地方創生にもつながる国内の文化資源の活用やインバウンド促進
- 博物館や美術館、劇場・音楽堂などの取組支援
- 文字活字文化の活性化
- 食文化の充実・発信
とりわけ著作権等の保護及び利用についての制度的対応では、コンテンツを生み出すクリエイターのインセンティブを設計しつつ、著作物を適切に利用する側の利便性を確保する制度を如何にデザインするかが鍵となります。
大胆な言い方をすれば、文化の発展のため「コンテンツを創出する好循環をいかに作り出すか」というのが著作権制度の目的であり、令和5年の著作権法改正において、新たな裁定制度を創設したり、海賊版対策を充実・強化させるなどの取り組みを行なっています。
それに加えて、コンテンツ制作の支援として、クリエイターの人材育成や、海外展開の支援を充実させようとしております。具体的には昨年の補正予算で「文化芸術活動基盤強化基金」(いわゆるクリエイター支援基金)という複数年度に渡って支出が可能な制度を作りました。
ー世界、そして日本のコンテンツ産業の市場規模は現在、どの程度なのでしょうか。
世界規模で見るとコンテンツ産業の市場規模は、石油化学産業や半導体産業よりも大きいと言われています。
日本のコンテンツ産業に限っても、2021年の市場規模は12.9兆円で、アメリカ、中国に次いで世界第3位の規模です。また、日本由来コンテンツの海外売上は、2022年で4. 7兆円と推計されていて、鉄鋼産業、半導体産業の輸出額に匹敵する規模です。
内閣府 知的財産戦略推進事務局「クールジャパン戦略関連基礎資料」2023年12月より
政府としては、安心して事業展開できるよう著作権を中心とした制度面の整備のみならず、コンテンツ制作の人材育成・コンテンツ制作のサポート・コンテンツの海外展開支援など、コンテンツ産業を伸ばすための支援にも力を入れているわけです。
とりわけ文化庁では、都倉俊一長官の下で、我が国の文化資源が世界に進出し、世界をマーケットに稼いでいくといういわゆるCBX(カルチャー・ビジネス・トランスフォーメーション)の考え方に基き、文化芸術産業の支援を強化せんとしているところです。
ー政府のクリエイター支援には文化庁のほか、総務省、経産省、外務省、内閣府などさまざまな官庁が関与しています。こうした体制で政策を進めることに課題を感じることはありますか。
「日本発のコンテンツをマーケットに出して世界市場を取っていこう」という大きな流れの中で、各省庁の縦割り業務ではできることに限界があります。各省庁がそれぞれの得意分野に軸足を置きながら、シームレスにつながってそれぞれの取り組みを行っていて、昨今は非常によい連携体制が整ってきているものと感じています。
AI時代の著作権をめぐる政府の議論の方向性
ークリエイターを取り巻く環境には、現在どのような特徴がありますか。
「クリエイター」と一言で表現しても、アニメ、漫画、ゲーム、舞台や映画、伝統芸能、現代アートなどそれぞれの分野によって特徴は異なります。一人の天才が作り出すものもあれば、各クリエイターやバックステージの皆様の力が結合してできるものもあり、苦労されるポイントは違います。さらにAIなどの新しい技術の進展によって、クリエイターを取り巻く環境は大きく変化していると言っても過言ではありません。
そのため、あらゆる分野を区別なしにひとまとまりに扱うのではなく、各分野のクリエイターが抱える課題に丁寧に配意する必要があるものと実感しています。
ー複雑化している大きな要素とも言えるAIと著作権について、政府内でどのような議論が進められているのでしょうか。
内閣府の「AI戦略会議」では、広島AIプロセスの進展を背景に、AIそのものの多様なリスクにどう対応していくか、安全性や信頼性をどう評価していくべきか、開発、提供、利用などについての基本的な議論がなされています。その一方で、AIと知的財産をどのように整理するかも主要な論点の一つとして上がっており、われわれ文化庁としても、著作権制度については、AIの出現にあっても、先ほど申し上げたような、著作権等の保護と利用・活用のバランスをどう確保するかという原点に立って議論を行なっています。
前提として、AI活用の如何を問わず、文化庁の最大のミッションは「クリエイターの創造力をいかに最大限引き出すか」にあります。human creativity(人間の創造性)こそ最大の重点が置かれるべきものであることは言うまでもありません。守るべきものをしっかり守りながら、最新技術のAIとどう向かい合っていくべきかを議論しています。
ー政府が今年6月に公表した「知的財産推進計画2024」でのAIの取扱いに関する要点を教えてください。
「知的財産推進計画」は毎年、政府において更新されローリングがなされているものです。今年の計画のポイントは、AIが学習で使う情報の著作権をはじめ、関連する知的財産権もあわせて取り上げられており、文化庁、特許庁及び経済産業省において、それぞれが所管する知的財産法について、AI技術の進展等を踏まえた必要な検討の継続を行うことや、文化、産業に係る関係府省庁が連携して、関係主体に対する周知啓発を進めることが必要であるとされています。
また、我々のトピック以外にも、例えば、特許制度の下では、現在の技術推進等に鑑みれば、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者を発明者とするこれまでの考え方に従って、自然人の発明者を認定すべきといったことが記載されております。
「知的財産推進計画2024(概要)」より
昨年の「知的財産推進計画2023」の作成時、生成AIに関する国際的な検討(G7の「広島AIプロセス」)の進展を背景に、AIと著作権法の規定について基本的な考え方の整理が宿題として提示されました。その後、文化審議会著作権分科会法制度小委員会において、約一年を通して議論を行い、「AIと著作権に関する考え方」を取りまとめました。その「考え方」においては、主として、クリエイターやAI開発等を行う事業者、AI利用者等の懸念の払拭に向けて、主として、AI開発・学習段階における課題、生成・利用段階における課題及びAI生成物の著作物性に関する課題について、整理を行なったところです。
ーAIと著作権に対して国民の理解が広がっていないという懸念もあります。
生成AIによる生成物について、AI生成物に著作物性があるか否かという論点と当該AI生成物が既存の著作物の著作権侵害になるかという論点は別のものなのですが、これらを混同した理解に基づいて誤解も広がったのではないかと見ています。学習段階と生成段階の議論は別であるというのが世界の共通認識です。AIによる生成物について、既存の著作物との類似性や依拠性が認められれば、権利制限規定に該当しない限りは著作権侵害に該当します。
「AIと著作権に関する考え方」の公表を機に、AIと著作権法について、そもそも著作権法の基礎的な事項から説明した担当者によるレクチャー動画をYouTubeにアップしました。第1回目の動画の再生回数はすでに5万回を伺う勢いでありまして、AIと著作権への関心の高さを示した証左だと思います。色々なチャネルでAIと著作権法に関する基本的な考え方をしっかりと普及させていきたいですね。また、文化庁では、「文化芸術活動に関する法律相談窓口」を設けて、AIと著作権に関する相談に対応させて頂いております。今後、AIの開発や利用によって生じた著作権侵害が疑われる事案がございましたら、こちらのご活用もご検討頂ければと思います。
更に、「AIと著作権に関する考え方」の公表の後では、上述の考え方を下に、著作権と生成AIとの関係で生じるリスクを低減させる目的で、自らの権利の保全・行使する上で望ましいと考えられる取り組みを、当事者毎の立場に立って分かりやすく説明すべく、「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」の形で公表しました。こちらも是非ともご参照を頂きたいと思います。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/pdf/94097701_01.pdf
ー変化の早いAIの環境や業界に対して、文化庁はどのように状況をキャッチアップしているのでしょうか。
文化庁としては、クリエイター等の権利者、AI開発事業者・AIサービス事業者やこれらを利用される関係当事者の間で適切なコミュニケーションが図られることが重要であると考えています。現在、経産省とともに、非公式ながらクリエイターとAI事業者との間で、新たなコンテンツの創作と文化の発展に向けた共創の関係が実現されることを目指した、AIと著作権に関する関係者ネットワーク作りの強化に取り組んでいます。AI技術、海賊版サイトの可視化などについての情報共有や意見交換をはじめ、これによって関係当事者の皆様の相互理解の深化を図っていきたい、と考えています。
文化庁・経産省はオーガナイザーとして、業界団体や事業者やクリエイターのさまざまな状況のヒアリングの場ともなりますが、AI事業者とクリエイターがお互いの立場で意見を出し合い、共に新しい価値を生み出していただきたいと思います。
ーAIと著作権を取り巻く議論は海外でも活発に行われていますが、諸外国と比べて日本はどのような状況なのでしょうか。
私自身も昨夏にヨーロッパ各国の関係者と議論する機会があったのですが、AIへのアクセスについて同じような問題を抱えている、との印象を持ちました。クリエイターの権利利益を守るという観点での共通の議論がある一方で、実際問題としては、もう既にAIを使っているクリエイターも相当にあり、そのような状況下では、AI利用を今からやめる、というよりはこれとどう向き合うかが重要な課題になるという状況でした。
これらの国々における議論と比較してみても、日本での議論は遜色ないものと考えています。著作権制度は、申し上げましたとおり、コンテンツを生み出すクリエイターのインセンティブをどう引き出すかという面と、著作物を利用する側の利便性という面があり、日本の著作権法においても、両者のバランスを取ることに配意してきました。我々の方が、ヨーロッパの著作権法よりも頑張っているじゃないかと個人的には思うこともあります(笑)。アメリカは、いわゆるフェアユースの規定を基本として対応がなされることとされており、今後、裁判例・判例が積み上がっていくことと思いますが、個人的には、我が国の制度により得られる結果と事実上同様の着地点に至るのではないか、と予想しています。
AI時代におけるクリエイターやコンテンツ産業の理想の姿
ー最後に、中原審議官が考えるAI時代におけるクリエイターやコンテンツ産業の理想の姿とはどんなものでしょうか。
個人的な意見ですが、クリエイターの活動は「創造性」が根幹にあるというのは間違いありません。文化庁や経産省も、この点については絶対的なポイントと考えているのではないかと思います。
その上で、創造活動においても、現在はさまざまな分野で人手不足の窮状が指摘される中で、コンテンツもその例外ではなく、その部分をAIなどの技術を使って効率的にサポートする協調関係を築いていくことは有力な選択肢だと思います。human creativityをベースとしながら、これを効率的にサポートする機能としてAIを利用する。これは理想的な共創関係の一つではないでしょうか。逆にAI技術そのものを海賊版対策に用いることもあり得るでしょう。
一方で、クリエイターご自身やクリエイターのことを真摯に考えている有識者の方であっても、AIを利用している旨の発言を行うと、X(旧Twitter)などで炎上するようなことも目の当たりにしています。少しでも建設的な議論になるよう政策の議論も進めていかなくてはならないと意を強くしています。
ーそれだけ注目度が高い分野の最前線で政策を進めるやりがいについてはどう感じていますか。
現在は、クリエイターにとってもAI事業者にとっても、大事なタイミングにあります。将来振り返った時に、現在の取組や施策がクリエイターの発展にも新技術の発展ににもよかった、と言われるように取り組んでいきたいです。制度のあり方はもとより、将来や国際的動向を見据えながら、実際のリアリティを大切にしたいと思います。そして、クリエイターとAIという視点のみならず、経済社会全体のエコシステムにも意を払っていきたいと思います。