政治ドットコムトピックス橋龍、宮沢熹一、土井たか子……政治家を勝手に顔相占い!

橋龍、宮沢熹一、土井たか子……政治家を勝手に顔相占い!

投稿日2021.3.31
最終更新日2021.03.31
この記事の監修者
山口和史
20年にわたって法律、税務、経営等の業界専門誌の編集長を歴任。
2020年から政治ドットコムの理念「政治をもっと身近に。」を実現するため、編集長に就任。
独自の視点と切り口で、政治にまつわる最新情報を発信する。

1983年(昭和58年)に「顔から見た政治家診断」(山手書房刊)が出版されました。著者は占い師の浅野八郎氏。この本では、顔相を元に政治家を診断。どのような性格で、どのような未来が待っているかを記しています。
出版から約30年経過した2021年。果たして本書に掲載された政治家たちは、占い通りの人生を歩んできたのか? 4人を抜粋してお届けします。

大物政治家の素質あり→結果:○

橋本龍太郎


1963年の初当選以来、衆議院議員を14期にわたって務める。1978年に厚生大臣に就任、昭和2ケタ生まれ(昭和12年)で初めて入閣を果たしたのを皮切りに運輸大臣・大蔵大臣等を歴任し、いわゆるニューリーダーの後を担う総裁候補と目される存在に。1996年、第82代内閣総理大臣に就任。2006年没。享年68。

本書では橋本氏を、出版当時(1983年)に首相を務めていた中曽根康弘氏になぞらえ「大物政治家の素質あり」と評しています。
・顔が整っており、言動がキザだ、スマートすぎると本心を誤解されることが多い
・理想や信念に燃え、その考えを最後まで守り通す
・理想と現実との食い違いに悩む、興味の幅が広いためにどれが本当の自分なのか自己矛盾に陥ることがある
と評する中で、「人相的にバランスのとれたこの人、将来大政治家の素質をもつ人」と記されています。
出版から12年後の1995年、着実に力と信頼を集めた橋本氏は第82代内閣総理大臣に就任。憲政史にその名を残すことになります。

絶対に敵を作らない→結果:△

宮澤喜一


1953年の第3回参議院議員通常選挙に広島県選挙区から出馬し当選。以後、政策通、経済通、英語通として知られ、1991年には第78代内閣総理大臣を務める。総理大臣を退いたあと、1998年小渕恵三内閣が誕生すると小渕は宮澤に大蔵大臣就任を要請。当初は難色を示したものの、小渕の熱意に押されて就任。アジア通貨危機などに対処した。2007年、87歳で没。

本書では宮澤氏を「目立たないが処世術に長けた順応型(本書分類では「M型」)」と評しています。
・目、口の表情がソフト
・安定した相
・額が広く、よく発達し、眉毛が薄い
これらの人は、「決断までに時間がかかり、慎重型が多い」とし、「あまりいろいろ考えすぎて一つの結論を導き出すのに骨が折れる」と記しています。
歴代総理の中でも経済通として知られ、英語にも堪能。豊富な知識量を背景に決断を下すとなれば、時間がかかり慎重になるのも頷けます。
一方で、「絶対に敵を作らないし、同情心もある」と評しているのですが、生前はその極端な学歴主義からくる放言やイヤミで、いらぬ怒りを買ったりもしています。
とはいえ、単なる嫌われ者では総理になれるはずもなく、さらには総理退任後に大臣就任を請われていることから分かるように、政治家としての実力と見識は同業者からも高く評価されていました。
「処世術に長けた順応型」としての本領発揮、といったところでしょうか。

ひとりよがりになりやすい→結果:○?

加藤紘一


自民党内で「宏池会のプリンス」と呼ばれ、山崎拓、小泉純一郎とともに「YKK」を結成。「総理に一番近い男」と将来を嘱望されるも、2000年に「加藤の乱」を起こして失脚。2016年に77歳で亡くなった。

本書が出版された1983年の翌年、45歳で防衛庁長官に就任。1985年に起こった日航機墜落事故の対応にあたっています。
・顎がガッチリしており、生まれながらに政治家としての生き方に憧れる
・国家社会のために生きたいという理想に燃える
・顔が大きく、顔の面積が広いためにヨーロッパでは必ず出世する相
と、本書は評しています。
中でも目を引く記述は「ひとりよがりになりやすく、自分の考え方を理解してもらうための努力がめんどうになりやすい」という点。
着実に政界で存在感を発揮していたにもかかわらず、本書出版から17年後の2000年、当時の森喜朗内閣打倒を目論んで起こした「加藤の乱」が原因で失脚してしまいます。
どことなく、未来を暗示した内容に見えるのは気のせいでしょうか。

女性委員長になるならこの人→結果:◎

土井たか子


衆議院議員を12期務める。「おたかさん」の愛称で知られ、日本初の女性の衆議院議長、日本初の女性の政党党首を務めた。1989年の第15回参院選では「マドンナブーム」を巻き起こし、土井氏率いる日本社会党は22議席から46議席へと大躍進する。1994年に自由民主党と新党さきがけとの連立政権を組むなどその後も存在感を示したが、徐々に支持を失い2005年に政界を引退。2014年に76歳で没。

・粘り強さがあり夢を実現させる行動家
・鼻を中心に右半分と左半分で顔が異なる
・外面的には明るく社交的に見えるが、内心は陰性で強情
・人に指図されたり言いなりになることを嫌う

「顔の左右の見え方が異なる」という点で、80年代にイギリスで首相を務めた
マーガレット・サッチャー氏と似ていると評しています。
サッチャー氏はその強硬な政治思想から「鉄の女」との異名を取ったことで知られています。
本書では「社会党で女性委員長が誕生する日があるとしたら、この人」と高く評価されていましたが、実際に1986年9月、第10代社会党委員長に就任。これは日本社会党の歴史上初めてのことであるだけでなく、日本の憲政史上初の「女性党首」誕生の瞬間でもありました。
ドンピシャで占いを当てている本書ではありますが、1983年の出版当時、すでに土井氏は社会党の副委員長を務めており、「女性委員長が誕生するとしたらこの人」という指摘は、当時からすでに違和感のあるものではなかっただろうと推測できます。

「人は見た目が9割」「生き方が顔に出る」と言われます。
当たるも当たらぬも八卦の占いではありますが、「顔」にはその人の思想や人柄が映し出されているのかもしれません。

※参考資料:「顔から見た政治家診断」浅野八郎・飯島清著/山手書房刊