政治ドットコムトピックス日本の買い占め狂想曲 その1〜オイルショック編

日本の買い占め狂想曲 その1〜オイルショック編

投稿日2020.12.9
最終更新日2020.12.09
この記事の監修者
山口和史
20年にわたって法律、税務、経営等の業界専門誌の編集長を歴任。
2020年から政治ドットコムの理念「政治をもっと身近に。」を実現するため、編集長に就任。
独自の視点と切り口で、政治にまつわる最新情報を発信する。

新型コロナウイルスが猛威を奮っています。政府は緊急事態宣言を発し、不要不急の外出を避けるよう自粛を促しました。これらの影響を受けて、マスクやトイレットペーパーなどの生活必需品や、「ウイルスに効くらしい」というデマや噂によって一部の食料品が品切れとなる騒動が起こりました。
ここでは、かつて日本が直面した事故や災害によって起こった買い占め騒動について振り返ります。第1回となる今回は「オイルショック」編です。

一枚の広告が全国的な騒動に発展

1973年(昭和48年)10月16日、中東の原油産油国が「原油価格を70%引き上げる」と決定したことを受けて、10月19日に中曽根康弘通商産業大臣(当時)は「紙の節約お願いする」と国民に呼びかけました。
この報道を受けて国民は大パニックに。10月下旬に「紙が無くなるらしい」という噂が全国を駆け巡ります。
確認される記録としては、11月1日午後1時過ぎ、大阪府にある千里ニュータウンの千里大丸プラザ(現ピーコックストア千里中央店・オトカリテ内)が、特売広告内に「紙がなくなる」と書いたことがきっかけとされています。
この「紙がなくなる」というコピーは「激安販売によって」という意味合いだったようですが、この秀逸な(?)キャッチコピーに慌てた主婦たちは店頭に長い列を作り、2時間のうちにトイレットペーパー500個が売り切れたと言われています。

噂を聞きつけた新聞社が「あっと言う間に値段は二倍」と、さらに煽る記事を掲載したからさあ大変。騒ぎは一気に加熱し、大騒動へと発展します。
中東戦争が実際に起っていたという時代背景もあり、「紙が本当になくなってしまうかもしれない」という集団心理が働いた結果、噂は全国へと飛び火し、各地のスーパーで長い行列ができました。

その現象をテレビや新聞が報じるために、パニックは連鎖的に拡大していきます。
マスコミの報道や噂によって不安に陥った市民は、高値で大量のトイレットペーパーを買い込み、自宅で山積み保管するケースが相次ぎました。
それまでトイレットペーパーは、消費者を店頭に向かわせるための「特売用商品」として扱われていたにもかかわらず、この騒動によって状況は一変。定価どころか2倍の値段をつけても飛ぶように売れていったため、スーパーや商店では在庫確保に奔走することになり、結果として問屋在庫もなくなっていきました。

朝日新聞の1973年12月20日朝刊記事では、世論調査の結果が掲載されています。この調査によると、「いまの世の中で、一番腹立たしく思うものは何ですか。」との問いに対して、最多の回答が「買い占め業者」となっており、その割合は38%にも及んでいます。
当時の市民は、一般市民が買い占めた結果モノがなくなっているのではなく、高値で販売するために買い占め業者がトイレットペーパーを抱え込んでいる、と考えていたようです。

では実際に紙の生産量は落ちていたのか?
高度経済成長時代を迎えていた当時、実際には生産量自体は殆ど変わっていなかったことが現在ではわかっています。
これらの混乱を受けて政府は、国民に買い溜め自粛を呼びかけますが、あまり効果はありませんでした。
そこで、11月12日に、トイレットペーパー等の紙類4品目を「生活関連物資等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律に基づく特定物資」に指定。さらに翌1974年1月28日には、国民生活安定緊急措置法の指定品目に追加し、標準価格を定めます。
これらの施策が功を奏したのか、それとも空虚な騒動に市民が飽きたのか、3月になると騒動は収束していき、在庫量も通常水準に回復しています。