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同時代人が語る、明治時代の議員候補者

投稿日2020.12.9
最終更新日2020.12.09

1892年(明治25年)2月15日、第2回衆議院議員選挙が行われました。1890年11月29日に開会した第1回議会はさまざまな対立を生みながらも解散することなく1891年3月8日に閉会。しかし、第2回議会はそうはいかず、弱体とみなされた第1次松方正義内閣は激しい攻撃にさらされ、12月25日に初めての衆議院解散に踏み切ります。
迎えた第2回衆議院議員選挙は、内務省による選挙干渉によって死者まで出したことで知られています。国民の選挙への関心が高かったことを示すように、有権者に向けて候補者の人物像を解説する「衆議院議員候補者人物批評」なる小冊子まで販売されています。
ここでは、その愛知県版から、当時の批評家たちが候補者をどう評価していたのか、見てみましょう。

匿名で好き勝手に候補者を斬る

「愛知県版衆議院議員候補者人物批評」は、全40ページで構成されています。発行書は愛知博文社。衆議院議員選挙直前の1892年1月27日に発行されています。
内容は、全32人の候補者を列記し、一人ひとり、匿名の批評家たちが、候補者の素性や性格、政治理念などについて解説するという体裁です。
凡例のページでは、「本書では、各候補者の詳伝を掲載し、その人物がどのような人なのか知るのに便利なように作りたいと思ったが、ページ数に限りがあることや締切まで時間もないため、一部を載せることにした(筆者意訳)」とされ、掲載されている批評は「各選挙区の世論を知るために募集した。そのため、位置候補者に対する批評は毀誉褒貶もあるし、そもそも雑多な内容で玉石混交かもしれない。しかし、真正な批評や実際に的中している評言もこのなかにはある。よって、寄せられた批評はことごとく掲載する(筆者意訳)」と述べられています。
寄せられた批評はすべて掲載したと言われてしまうと、自身が推す候補者を当選させるためにライバルを意図的に罵るようなことが起こっているのではないかと思いますが、そこはさすが明治人。全編に目を通してみると、自国のより良い未来を創るため、プライドを持ってその批評にあたっていることが分かります。

実際にその内容について見てみましょう。
愛知県の第一区からは、1議席を争って5人が立候補しています。

第2回衆議院議員選挙愛知県第一区立候補者

・青山朗
・奥田正香
・石黒馨
・片野東四郎
・國島博

現代に生きる我々は、この選挙で誰が当選したのかを知っています。
ここではその答えを見る前に、当時の批評家の評論から予想してみてください。(以下、筆者による意訳)

青山朗への批評
太白生評:陸軍少将正五位勲三等の青山朗は(中略)、大変な勤王家で維新の大業に必要な力のある人だ。私は一も二もなく推薦して、国利民福を実現してもらいたい
自由子評:国家議員になろうという者なら、一定の主義主張があるものだ。しかし、彼からは何らの主張も感じられない。私はこれまで、彼が政治的な主張を訴えているところを見たことがない。彼は「忠愛社」「忠愛倶楽部」というグループを作ってリーダーを名乗っているが、忠君愛国とか国利民福といった、曖昧なスローガンしか口にしない。彼の主張は曖昧主義と言わざるを得ない。(中略)こんな人は、衆議院の議員さんには不合格と言わざるを得ませんな
無名子評:青山氏が官吏だからといって、吏党(※政府寄りの人間で国民を見ていない人という蔑称。対義語は民党)というのは偏見だ。貴族院議員の中にも民党の人がいるではないか
轉々生評:青山さんはいまだに「武」の人です。彼を選んだら、軍靴の足音が聞こえてきそうで恐ろしいです
突進生評:将軍さん(青山氏のこと)よ。もし当選したら、民党の旗を掲げて佐賀の乱(江藤新平・島義勇らをリーダーとして佐賀で起こった、明治政府に対する士族反乱)の江藤さんみたいに、政府と戦ってもらいたいね

奥田正香への批評
一貫生評:商業社会の三傑(奥田、堀部、吉田の三君)のなかでも傑出して優れています。(中略)奥田さんの経歴においては、いくつか非難を浴びるものもありますが、名古屋の今日の発展があるのは、ひとえに奥田さんの活躍によるものです。彼を衆議院議員に選ぶのは、名古屋市民全員の願いです
自由童子評:奥田さんは経済発展に尽力したのは間違いなく、国家経済への意気込みも確かなので議員にふさわしいと思うけれども、いかんせん、吏党の提灯持ちのようなところもあるので、イマイチ信用できない。皆さんはどう思います?
一六生評:実業もわからず、議事にも慣れていない武骨男子を国会に送るよりも、(彼のような)実業に明るく議事にも慣れた実業家を推す
火口生:同じ第一区候補者の青山さんは官吏なので完全な吏党だ。一方、奥田さんは軟派者かつやっぱり吏党で、結局、どっちも吏党だ。そうなると、どっちの主義主張が良いかなんて考えてもムダで、人としてどちらが優れているかで選ぶしかないかな。そう考えると、生粋の軍人である青山さんよりは、奥田さんのほうが取り柄があるように見えるけれども、皆さんはどう思いますか?

石黒馨への批評
高見生評:石黒さんは政法学においては、第一区候補者の中でもっとも優れています。しかし、実地上の経験においては他の皆さんに一歩譲らざるを得ないように思われます。石黒さんが衆議院議員の資格に欠けるとまではいいませんが、候補者として強く推薦するにはまだ早いように思われます
自由子評:第一区には「民党」をはっきりと標榜する候補者はいない。しかし、石黒さんは純然たる民党だと聞いた。ならば私は、吏党やどっちつかずの候補者よりも、石黒さんを推挙する。それが第一区の名誉、いや、国家のためと信じる

片野東四郎への批評
眼微生評:「チリ紙候補者」とあだ名される東四郎クンだが、年を取って一度は檜舞台に出てみたいという思いになったのかねえ。自分ひとりでやるというのならまだしも、有権者から広く票を集めようというのは、ちょっとむずかしいのではないかなあ
高見生評:東四郎クン、国会議員になりたいのなら、まずはその主義を発表して賛成を集めないとダメだ。あなたひとりで奔走したって到底ムダですよ。第一区の候補者には随分腐りきった人もいるけれど、ご馳走もせず、投票料も出さず(どっちも良くないけど)、握りこぶしで当選しようというのは時代に合ってないよ
自由子評:民党として立候補するならともかく、吏党や利党として生きるのなら、当面立候補は見合わせて、それよりも兼ねてから望んでいた「〜〜長」の肩書を得られたらいかが?

國島博への批評
自由子評:國島さんは自由主義を標榜する有名人ですが、自由党内においてはあまり評判がよろしくありません。自由党にあまり協力していないので仕方がないでしょう
気長子評:國島さん、あなたは一度は周りから推薦されることになるとは思うが、今はまだ早いんじゃないかい?
自轉子評:ここしばらくは本業の代言(弁護士)に注力し、どっしりと溜め込みました。さあ、華々しく戦いましょう! 必ず勝利疑いなしです!

当時、立候補するためには、30歳以上の男性であることと、直接国税15円以上が必要でした。
明治30年頃の物価と、今の物価を比べると、今の物価は当時の約3800倍とされています。つまり明治時代の1円は、今の3800円ぐらいに相当することになります。
直接国税15円以上ということは、立候補するのに必要な納税金額は現在の金額に換算すると約57000円となります。
ちなみに、選挙権を与えられたのは直接国税15円以上の25歳以上の男子のみ。その数は434,594人でした。

立候補した彼らは地元で知られた名士だったと考えて良いでしょう。
そのなかでも、青山氏は軍人上がり、奥田氏は名古屋の経済人、石黒氏は学者、片野氏は名誉好き、國島氏は弁護士と分かります。
それぞれの批評家たちが、思い思いに人物像を語った彼ら5人。
そのうち、当選したのは、青山朗氏でした。

この記事の監修者
政治ドットコム 編集部
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