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政治ドットコムトピックス明治36年から昭和5年までの衆議院議員年齢分布を見る

明治36年から昭和5年までの衆議院議員年齢分布を見る

投稿日2020.12.3
最終更新日2020.12.03

1933(昭和8)年に刊行された「政治家を志す人のために」(野中徹也著)に、明治36年から昭和5年までの衆議院議員年齢分布が掲載されています。この一覧から、徐々に国会議員の年齢が高齢化し、若手議員が減少していく様子がつぶさに分かります。当時の状況について見てみましょう。

社会状況と国会議員の関係性

1903(明治36)年に行われた第8回衆議院議員総選挙は、直接国税10円以上納税の満25歳以上の男性日本国民に選挙権が与えられ行われました。
投票率は86.17%を記録し、前回と比較して2.2%上昇しています。
第1党は伊藤博文率いる立憲政友会が押さえ、その後を大隈重信が率いる憲政本党が追うという展開となっています。
内閣は、桂太郎が解散前に引き続いて組織しました。
この段階でもっとも多い年齢分布は「45〜49歳」の議員が占めています。その数、総数367人のうち103人が占め、割合も27.4%に達しています。
「30〜34歳」の若手議員も24人存在し、6.4%を占めています。

翌1904(明治37)年、わずか1年で解散総選挙が行われています。
これは、1903年12月に開かれた第19回帝国議会で、新任の河野広中衆議院議長が起こした「奉答文事件」が原因でした。
当時、日本とロシアの関係が問題となっていました。心中深く決心するところがあった河野は、開院の勅語に対して奉答文で議院の先例を破って内閣弾劾の文を織り込む行動に出ます。この行動によって、衆議院は解散に至りました。
日露戦争開戦直後に行われた第9回衆議院議員総選挙は、挙国一致ムードに包まれました。
とはいえ、前回の選挙から1年しか経過していないことからも、議員の年齢分布に大きな変化はありませんが、「30〜34歳」の議員が減少し、その分50歳以上の議員が増加している点は注目に値します。

年齢分布に大きな変化が現れるのは1915(大正4)年に行われた第12回衆議院議員総選挙からです。この選挙から、一部の例外を除いて60歳以上の議員が10%以上を占めるようになっていきます。
当時、選挙権を与えられた有権者の数は154万6411人。直接国税10円以上納税の満25歳以上の男性日本国民であることが求められました。

本選挙は、大正天皇の治世下で行われた最初の衆議院議員総選挙となり、後に「大正デモクラシー」と呼ばれる風潮の嚆矢となった選挙でもありました。
大正デモクラシーは、、1910〜1920年代に国内で起こった自由主義的な運動、思想を指します。
普通選挙制度を求める普選運動や言論・集会・結社の自由に関しての運動といった政治的な動きはもちろん、男女平等や部落差別解放運動、団結権、ストライキ権などの獲得運動といった社会的な運動も活発に行われました。
また、文化面においても自由教育の獲得や大学の自治権獲得、美術団体の文部省支配からの独立など、あらゆる方面から同時多発的に自主的な運動が起こった点が特徴です。
このような風潮が社会的には広がっていたにもかかわらず、実際の選挙においてはより年配が、よりベテランが当選する方向へと向かっていくのは興味深いところです。

昭和に入るとさらにこの傾向は勢いを増していきます。
1928(昭和3)年に行われた第16回衆議院議員総選挙では、大正デモクラシーの勃興を受けて、選挙権を得るために定められていた直接国税の制限が撤廃されました。
その結果、満25歳以上の男性日本国民に選挙権が与えられ、有権者数も1240万8678人と激増しています。
この激変した選挙環境を勝ち抜いたのは、海千山千で世間を渡り歩いてきたベテラン議員たちでした。

1924(大正13)年に行われた第15回衆議院議員総選挙では、9.91%まで落ち込んだ「60歳以上」のベテラン議員の割合でしたが、この選挙では一気に2倍以上となる21.03%まで増加します。全466人の衆議院議員のうち、98人をベテラン議員が占めることになりました。
一方で、第15回総選挙では2.16%(10人)いた「30〜34歳」の若手議員は激減し、0.86%のわずか4人となってしまいます。
当時は、票をお金で買う金権汚職が猛威を振るっていました。
資金があり、地盤があり、人脈もあるベテラン議員が、策謀を巡らせて票を買いあさっていたケースも、少なからずあったようです。
若い世代を中心に、自由と権利を求めて起こった大正デモクラシーの影響で拡大した選挙権であったにもかからわず、結果的にはベテラン議員にとって有利に働くことになったのは、なんとも皮肉です。

1933(昭和8)年に刊行された「政治家を志すために」(野中徹也著)では、議員の高齢化に苦言を呈しています。
「衆議院で最も多数を占めるのは45〜49歳お人々で、30代や42〜43歳ではまだ駆け出しのホヤホヤである。日本の政治を老衰せしめた原因のひとつはここにある」と評し、次のように続けます。
「英国の小ピット(※ウィリアム・ピット。18世紀末から19世紀はじめにかけてのイギリスの政治家、首相)は24歳にして大英国の宰相の印綬を帯び、ドイツのヒットラーはまだ43歳に過ぎないのである」
ウィリアム・ピットはまだしも、アドルフ・ヒトラーの名前が「良い例」として挙がるのは、時代を感じざるを得ません。
さらに本書では、
「老廃者に果たして本当の政局の担当能力在りしや。我が国においては、前の国民大衆の政治参加と青年の政治参与とは刻下の急務である」
と、続けています。

とはいえ、健康寿命も飛躍的に伸びた昨今、「若ければ良い」ということはなくなりました。
ベテランならではの判断力や人脈、経験に基づいた適切な判断は、年齢を理由に投げ捨ててしまうのは少々惜しいようにも思われます。

令和2年2月現在、衆議院、参議院ともに60歳以上のベテラン議員の割合は4割を超えています。
これは、各選挙区の支援者たちが、その実力を高く評価している証左とも言えます。
その一方で、政治の高齢化が「シルバー民主主義」に代表される、若年世代の政治に対する無関心を招いている部分も否定できません。
若手の目線による問題提起と行動力、ベテランの知見と経験、これらをさらに融合して、より一層国民に寄り添った政治が行われることを祈るばかりです。

※参考資料:「政治家を志す人のために」野中徹也著(昭和8年刊行)

この記事の監修者
政治ドットコム 編集部
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