
小林 史明 こばやし ふみあき 議員
広島県福山市出身。上智大学理工学部を卒業後、NTTドコモに入社し法人営業と人事を経験。2012年衆議院議員選挙で初当選(5期)。
総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官(マイナンバー担当)、党青年局長、デジタル副大臣、自民党副幹事長などを歴任し、2024年第2次石破内閣にて環境副大臣に就任。
最近ハマっていることはトレーニング。
急速に進化する生成AIを筆頭に、デジタル技術が既存の産業構造や私たちの生活を大きく変えようとしています。労働力人口の減少が進む日本では、デジタル技術の活用による生産性向上が社会の活力を維持するための喫緊の課題です。
そんな中、NTTドコモでの経験を経て政界に転身し、デジタル副大臣などを歴任、一貫してアナログ規制改革やデジタル活用による産業振興に取り組んできたのが、自由民主党の小林史明衆議院議員です。その原体験にある「変わらないルール」への憤り、数々の政策を実現してきた裏にある哲学、そして「社会は自分たちの力で変えられる」と誰もが実感できる未来像について伺いました。
(取材日:2025年5月20日)
(文責:株式会社PoliPoli 井出光)
ニーズのあるビジネスを阻害する法規制への憤り
ー大学卒業後はNTTドコモに就職された小林議員ですが、なぜ政治家を志すようになったのでしょうか。
「変わらないルール」に対してとても悔しい思いをしたからです。
私がNTTドコモに入社したのは、ちょうど「おサイフケータイ」が始まった頃でした。24時間365日、情報が飛び交い、生活者に行動変容を起こせるモバイルビジネスを見て、純粋に「すごいな」と感じていました。「これを1億2000万人に提供できれば、日本の社会全体に変化を起こせるのでは」とワクワクしたのを覚えています。
最初の3年間は群馬支店で法人営業を担当していました。ある顧客から「固定電話と携帯電話が連動したサービスを使いたい」という依頼を受け、提案する機会がありました。しかし、その案件は法規制によって実現できないことがわかりました。
NTTグループは、いわゆるNTT法(日本電信電話株式会社等に関する法律)によって事業範囲が決まっており、グループをまたいだ事業ができなかったのです。競合他社は許可されているのに、ドコモだけ固定電話との連携ができず、結果的にそのお客様を失ってしまいました。
この規制の背景を調べていくと「NTTが寡占状態にならないように」と何十年も前の国内市場に合わせて制定されたものでした。当時、とっくに時代は変わっていて、本来は国際的な競争の中で市場を考える必要があるのに、過去の国内市場だけを見たルールでビジネスを縛っている。明確にニーズがあって技術的にも実現可能なのに、制度上の問題で実現できない。しかも特定の企業だけにそのルールが課されている。
このように、形骸化してしまっているルールが原因で目的が達成できない状況に、とても悔しい思いをしました。この悔しさが「ルールを変える側に行きたい」という思いに変わったのです。ルールを変えることで、もっと多くの人たちが活躍できたり、幸せになると感じました。
ー会社を辞めて政治家になることに不安はありませんでしたか。
当時は知識がなかったので、逆に不安なく挑戦できました。落選しても「もう一度、働けばいい」くらいに思っていたので。
ただ実際に出馬してみると、支持者の方の期待をそんな簡単に裏切ることはできないと痛感しました。応援をしていただいた以上、落選しても簡単に逃げ出すわけにはいかない。当初はそのような認識もまだなかったので、一歩踏み出せたのだと思います。
ー有権者からの支持を集めるためにはどんなことを心がけましたか。
選挙で選ばれるためには、まず人から信頼される必要があります。その「信頼」を得るために重視しているのは「人の話を聞くこと」。
議員は「政策を語らないといけない」「うまく話せないといけない」というイメージが強いのですが、実は逆です。過去の私も含め、新人の議員はどうしても自分が多く話しがちになってしまいます。しかし、本当に大切なのは相手の問題意識の本質を理解することで、8割は相手の話を聞くことが仕事です。
この「聞く姿勢」を身につける上で効果的なのは「相手に強い関心を持つ」ということだと思います。相手の考えに関心を持って「純粋に知りたい」と思えば、好きも嫌いもなくなります。そして、相手の考えを知るという行為を通じて課題の本質や背景に隠れている構造的な問題が見えてくるんです。
ビジネスを加速させるアナログ規制改革
ー2021年にデジタル副大臣に就任されるなど、政治や社会のデジタル化に注力されてきたと思いますが、その原点はどこにあるのでしょうか。
NTTドコモに勤めていたというバックグラウンドもありますが、さらに遡れば、原点は幼稚園の頃だと思います。帰りの幼稚園バスを降りる場所の近くにもみじ饅頭のお店があり、ガラス張りになっていたので、饅頭を機械で焼いている様子がよく見えました。それを毎日2時間くらいずっと眺める、というのが日課で。
この日々が「ロボットが物を作って人が売る」というポジティブな世界観を形作ったと思います。この世界観は議員になった今も、テクノロジーが社会実装されるイメージの土台になっていると思います。
ー一方で、「テクノロジーに人間が支配される」といったディストピア的な論調も見られます。
これに関しては、政策の中で語られているテクノロジーがキラキラしすぎているのも原因ではないかと思います。
私の地元にある和菓子屋さんの例ですが、職人さんが高齢で目が見えづらくなり、材料を運搬する力もなくなってきたそうです。そこで何をしたかというと、蛍光灯をLEDに変えて見やすくし、材料の運搬には油圧リフトを入れました。それで職人さんは「まだあと5年は働ける」と。大事なのは、こういう基本的な考え方なのです。
テクノロジーというと「AI」や「ロボット」というキラキラしたものを連想しがちなのですが、いまある技術による機械化も視野に入れて定義すれば、偏ったディストピア論も出てこないと思います。
ーデジタル化やDXを語る上で、大切にしている視点は何でしょうか。
最大の問題意識は、日本は2050年1億人まで人口減少し、その後、2070年ごろまで人口が減少し続けることです。その中で、経済成長して豊かになれる国の形を築くのが私たちの最重要ミッションです。
そのためには、やはりテクノロジーを活用して効率的な社会を作る視点が欠かせません。
労働力が減る分、誰もが社会に参画し、高いモチベーションで能力を発揮できる社会を作らなければならないのです。そのためにも徹底的にテクノロジーを有効活用し、フェアなルールで皆が自由に創意工夫しながらビジネスができる環境を整えていきたいと考えています。
ーアナログ規制の改革に取り組んでこられたのも、この視点からですか。
そうですね。2024年には約1万の法令の中にあるアナログ規制を撤廃しましたが、アナログな規制はテクノロジーの社会実装を阻む障壁になってしまいます。押印や建設現場における目視確認など、テクノロジーによって合理化できる規制は数多くあります。
これらを撤廃することでビジネスが効率化するだけでなく、先進技術を持つスタートアップが新たなビジネスチャンスを掴む可能性も広がります。実際に押印を廃止したことで電子契約のサービスが大きく伸び、市場が3年間で約4倍に拡大しました。
―2024年10月に施行された、 会社代表の登記住所の一部非公開化も、 大きな規制改革の一つだったかと思います。
従来の登記制度では、
当時、政府として「スタートアップ育成5か年計画」
政治家という立場で、
―この代表住所の一部非公開化については、『PoliPoli』 でも小林議員と企業の代表たちが意見交換をさせていただきました 。こうした「政策プラットフォーム」に対して、 どのような期待をお持ちですか。
現代社会が抱える問題は、ますます複雑化しています。
また、自分たちの声がルール形成に反映されるという成功体験は、
政策実現の扉を開く3つの鍵
ー議員として政策作りに関わる中で、民間企業での経験が役立っていると感じることはありますか。
議員になって2年目の頃に感じたのですが、政治家の仕事はIT企業の法人営業に近いと思います。課題を抱えた人に対して「課題の本質はこっちにあるのでは?」と仮説を投げかけながら根本的な解決策を積み上げていく。これって仕様の要件定義と似ていますよね。その要件定義を基に「エンジニア」たる官僚と相談し、「プログラム」にあたる政策に落とし込むのです。
特に最近は派閥に関係なくプロジェクト型で作り上げる政策が増えています。また、複数の省庁を横断し、かつ民間も巻き込んで取り組む問題が多く、ステークホルダーの間に立って調整する力が求められるようになりました。このような複雑な局面を乗り越える上で、会社員時代に法人営業をしていた経験は大きいですね。
ーアナログ規制改革も含め、小林議員の中で政策を実現する「秘訣」は何でしょうか。
政策実現の扉を意識して開けることです。
どんなに正しい政策であっても、この扉が開いていなければ実現しません。民間企業でも、良い企画なのに実現できない、ということが良くあると思います。
扉を開けるプロセスとして3つのステップがあるのですが、1つめがアジェンダセット。一定数の人が「この問題を解決しなければならない」という共通認識を持つことが前提として必要です。2つめが実現可能な解決策を用意すること。3つめが解決策を実行するための意思決定者をはじめ、実務を遂行する仲間作りです。この3つが揃えば、政策実現の扉が開くと考えています。
ーありがとうございます。最後に読者へのメッセージをお願いします。
私は民間企業で働く中で「変わらないルール」に憤りを覚えたことが、政治家をめざす転機となりました。会社を辞めてルールを変える側に回ったわけです。今、働いている人たちも何らかの問題意識をお持ちだと思いますが、正しいステップを踏めばルールも社会も変えられます。それを、ぜひ多くの人に実感してほしいと思っています。
「社会は自分たちで変えられる」と実感すれば、より意欲的にビジネスに取り組んだり、社会に影響を与えようと何かを始めたりする人も増えるのではないでしょうか。そんな自立的で前向きな人が増えるように、政治家として尽力していきたいと思います。一人でも多くの人に「社会は変えられる」と感じてもらえたらうれしいですね。