世界情勢は、ここ数年で大きく変わりました。ロシアによるウクライナ侵攻、台湾海峡を巡る緊張、コロナ禍で露呈したサプライチェーンの脆弱性、そして国内では能登半島地震をはじめとする自然災害が相次いでいます。
このような状況の中で、日本政府は新たな成長戦略の柱として「危機管理投資」を位置づけました。
危機管理投資とは、日本が直面するさまざまなリスクに対し、先手を打って備えるための投資を指します。この考え方は、今後の日本の成長戦略の柱の一つとして、政界内外から大きな関心を集めています。
以下では、危機管理投資の概要や主要論点について、わかりやすく解説します。
1. 危機管理投資とは?
危機管理投資とは、将来起こり得る危機を想定し、その被害や影響を最小限に抑えるために、あらかじめ投資を投じる行為を指します。
高市早苗首相は危機管理投資について、「経済安全保障、食料安全保障、エネルギー安全保障、健康・医療安全保障、国土強靱化対策など、さまざまなリスクや社会課題に対し、官民が手を携えて先手を打つ戦略的な投資」と説明しています。
また、危機管理投資という考え方は、岸田文雄政権下で行われた2021年の衆議院選挙において、自民党が掲げた政権公約にも盛り込まれていました。公約では、「これから日本と世界が直面するさまざまな『リスクの最小化』に資する財政出動や税制措置」が打ち出されています。
これらを踏まえると、危機管理投資とは、日本が抱える多様な分野のリスクに対し、被害や影響を抑えるために先手を打って行う投資だといえます。
また、こうした考え方は、日本独自のものではありません。諸外国では、特に経済安全保障の分野を中心に、以前から活発な議論が行われてきました。実際、韓国の自動車産業や台湾の半導体産業、中国の情報産業などを例に、先行するモデルに追いつき、競争力を高めるためには、政府による産業政策の関与が重要だと指摘されています。
このように、危機管理投資は、日本を含む世界各国で長年議論されてきた政策的な考え方であると位置づけることができます。
参考:毎日新聞
2. 危機管理投資が今注目されているのはなぜか?
危機管理投資は、これまでも議論されてきた政策的な考え方です。それにもかかわらず、なぜ今、改めて注目を集めているのでしょうか。
その大きなきっかけの一つが、高市早苗首相が就任後の所信表明演説において、危機管理投資を内閣の成長戦略の肝として明確に位置づけたことです。
加えて、高市政権下における危機管理投資は、従来の考え方とは異なる特徴を持つと指摘されています。
具体的には、安全保障上の備えと成長戦略を両立させようとする姿勢です。高市首相は、「世界共通の課題解決に資する製品・サービス・インフラを提供できれば、さらなる日本の成長につながる」と述べています。ここでは、危機への備えを国内対策にとどめず、海外市場への展開にもつながる成長戦略として構想している点が特徴的です。
この点は、従来の議論との違いを際立たせています。例えば、岸田文雄政権下で自民党が掲げた政権公約では、「大胆な『危機管理投資』で安全で強靱な国を創る」「大胆な『成長投資』で確かな未来を拓く」と、危機管理投資と成長投資は別々の項目として整理されていました。
つまり、高市政権では、安全保障と経済成長を対立するものとして捉えるのではなく、両者を結びつける枠組みとして危機管理投資を位置づけている点に構造的な特徴があります。実際、2025年度補正予算では、「危機管理投資・成長投資」として計6.4兆円が計上されており、政策上の重点分野として扱われていることがうかがえます。
引用:首相官邸HP
3. 危機管理投資で注目される投資先分野
では、高市政権下における危機管理投資は、具体的にどの分野を対象としているのでしょうか。
その整理の土台となっているのが、「日本成長戦略会議」です。日本成長戦略会議は、高市早苗首相が閣議決定に基づいて新たに設置した経済政策会議であり、政府の成長戦略を具体化する役割を担っています。この会議において、危機管理投資の方向性を示すものとして、17の「戦略分野」と8つの「分野横断的課題」が選定されました。
これらの分野は、単なる産業振興ではなく、リスクへの備えと成長戦略を結びつける観点から整理されています。
(詳しくは、「日本成長戦略会議」とは?目的や主要論点をわかりやすく解説の記事を参照。)
以下では、その中でも特に注目度の高い防衛産業と経済安全保障分野への投資に焦点を当て、危機管理投資とは具体的に何かを解説していきます。
1. 防衛産業への投資
防衛産業は、危機管理投資の戦略分野の中でも、重点的な投資先として位置づけられています。その背景には、防衛関連支出が単なるコストではなく、国の技術力と経済力を高めるための戦略的な投資として再定義する動きが指摘されています。
こうした流れの中で、高市政権下では、防衛装備品の輸出について、非戦闘目的の「5類型」に限定している現行ルールを見直す方向で調整が進められていると報じられています。従来、日本で生産された防衛装備品は、原則として自衛隊での使用に限られてきましたが、5類型が撤廃されれば、現在は原則禁止されている殺傷能力を持つ武器の輸出も可能となります。
小泉進次郎防衛相は、防衛力の変革と防衛装備移転の拡大によって、防衛と経済の好循環を実現する考えを示しています。防衛産業を国内需要に閉じた存在から、技術力と競争力を持つ成長産業へと転換させようとする狙いがうかがえます。
2. 経済安全保障への投資
危機管理投資のもう一つの柱が、AIや半導体を中心とした経済安全保障分野への投資です。特に重視されているのが、半導体サプライチェーンの強靱化です。
その象徴的な取り組みが、「半導体大国・日本」の復活を掲げる国家プロジェクト、いわゆるラピダス・プロジェクトです。
政府は、最先端半導体の国内生産を可能にすることを目指すため、半導体メーカーのラピダスに対し、技術開発への補助金に加え、追加出資も計画しており、累計の支援額は約2.9兆円に上る見通しです。赤沢亮正経済産業相は記者会見で、「政府が進める危機管理投資の要であり、国益のために必ず成功させなければならない国家的プロジェクトだ」と述べています。
このように、高市政権は、先端半導体を経済安全保障上、極めて重要な分野と位置づけ、重点的に支援する方針を明確にしています。海外を見ても、米国やEUは半導体や重要鉱物を国家戦略として位置付け、多額の公的資金を投入しています。日本も同様に、経済と安全保障を一体で考える段階に入ったと言えるでしょう。
参考:日経新聞
4. 危機管理投資をめぐる議論
危機管理投資をめぐっては、与野党や専門家の間で賛否を含むさまざまな議論が交わされています。ここでは、主な賛成意見と慎重論・批判を整理します。
賛成派の主張:戦略的投資としての意義
賛成派からは、これまでの規制改革中心のアプローチに加え、政府が戦略的に重点分野へ投資し、供給力や産業競争力の強化を図る姿勢は、世界的に進む産業政策の潮流に合致しているとの評価が示されています。
特に、AI・半導体、エネルギー安全保障、防衛産業といった国家戦略分野に対し、国が積極的に関与する方針については、国内産業の底上げや技術基盤の強化につながるとの期待が寄せられています。危機への備えを通じて、日本経済の競争力を高めるという発想そのものには、一定の理解が広がっているといえます。
慎重論・批判:進め方と財源への懸念
一方で、野党を中心に、危機管理投資の必要性自体は認めつつも、その進め方や財源については慎重な意見が出ています。
まず指摘されているのが、投資対象となる分野の選定が曖昧ではないかという点です。日本共産党は、政府が決定した総合経済対策について、「大企業支援と大軍拡のばらまきと言わなければならない」と批判しています。あわせて、小泉防衛相の「防衛と経済の好循環」という発言を挙げ、「軍事的拡張による経済成長を露骨に正当化している」と問題視しました。
また、予算の確保方法に対する懸念も示されています。立憲民主党は、年度末まで残り数カ月という段階で、危機管理投資を補正予算で計上することの妥当性に疑問を呈しています。
これらの賛否を通じて浮かび上がるのは、危機管理投資の必要性そのものよりも、何を危機管理投資と位置づけるのかという定義の問題です。危機への備えとして投資を行う考え方には一定の理解が広がっている一方で、どの分野が真に危機管理として優先されるべきなのかについては、丁寧な議論が求められています。とりわけ、高市政権下では、危機管理投資と成長投資の位置づけや線引きをどのように整理するのかが、今後の重要な論点になるといえます。
まとめ
危機管理投資は、地政学リスクや自然災害、サプライチェーンの分断など、日本が直面する多様な危機に先手を打って備えるための投資として、高市政権の成長戦略の中核に位置づけられています。防衛産業や半導体をはじめとする分野への重点投資は、危機への備えと経済成長を結びつけようとする点に特徴があり、世界的に進む産業政策の流れとも重なります。一方で、投資対象の範囲や優先順位が不明確になりかねないことや、財源確保のあり方をめぐっては慎重な意見も根強くあります。今後は、何を危機管理投資と位置づけるのか、成長投資との線引きをどのように整理するのか、注目が集まります。













