
韓国聯合ニュースによると、韓国政府は4月8日、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領(64)の罷免を受けた大統領選挙を6月3日に実施することを正式に発表しました。
韓国の大統領選挙の仕組みはどのように定められ、選挙の行方はどうなるのでしょうか。韓国国民の反応や日本への影響も含め、詳しく解説します。
尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が罷免
尹氏を巡っては、昨年12月に「反国家勢力」などに対抗するためとして戒厳令を宣布しましたが、議会の否決により約6時間で解除に追い込まれました。その後、憲法に基づく正当な根拠を欠いた状態で非常戒厳を宣言したとして、野党主導の議会が尹氏を弾劾訴追しました。
韓国の憲法裁判所は今月4日、「憲法の下で与えられた権限を超える行動を取ることで大統領としての義務に違反し、その行動の影響は民主主義に対する重大な挑戦だ」と指摘。弾劾訴追された尹氏を罷免する決定を言い渡し、これにより尹氏は即時失職したため、60日以内に大統領選が実施されることになり、4日からちょうど60日後の6月3日を投票日に決定しました。
韓国大統領選挙の仕組み
選挙制度
韓国の選挙制度は1987年の民主化宣言により、国民による直接選挙の大統領選挙制度が導入されました。任期は5年で1期のみとなっており、大統領選を採用している国では珍しい制度です。
韓国の大統領は強大な権限を持つ
韓国の大統領は国民の直接選挙で選ばれ、行政府と国家元首の長という2つの側面の役割があります。その大きな権限の一つが「任命権」です。国務総理や国務委員のほか、日本の大臣に相当する行政各部長官など、行政府としての任命権や、大法院長(最高裁判所長官)や憲法裁判所の裁判長など、司法府に対しての任命権を持ちます。
また、国家元首としては、国会に対して法案の拒否権や大統領令の制定権など、立法府に対しても強い権限を持っています。
韓国は被選挙権年齢の引き下げに積極的、大統領選に立候補できるのは40歳
韓国では2021年、韓国国会や地方議会の議員、自治体首長に立候補・当選できる「被選挙権年齢」を満25歳から満18歳に引き下げる公職選挙法改正案が可決されました。現地報道によれば、被選挙権の年齢が引き下げられるのは初めてのことです。
韓国では2019年、選挙権が満19歳以上から満18歳以上に引き下げられました。一方で、被選挙権は満25歳からと開きがあり、若者からは被選挙権の年齢引き下げを求める声が上がっていました。
実際に、2022年の地方選挙では、大学を休学して挑んだ19歳の女性が当選をはたしています。
大統領の被選挙権は、現在のところ、40歳以上で変わっていません。
戒厳令や弾劾訴追を経て大統領選へ。その背景とは?
そもそも、尹氏が戒厳令を宣布した理由は何だったのでしょうか。尹氏は2024年12月3日の夜に「非常戒厳を宣布する」と発表した際、その理由を、北朝鮮の脅威や「反国家勢力」から韓国を守り、自由な憲法秩序を守るためだと説明しました。
しかし、実際には外部からの脅威ではなく、大統領自身が政治的に追い詰められていた状況が大きいとみられます。
① 総選挙では野党が圧勝。一院制の仕組みが影響か
尹氏は2022年の大統領選挙で保守強硬派の候補として勝利し、同年5月に大統領に就任しました。しかし、2024年の国会議員選挙(総選挙)では野党が議席を伸ばし、定数300のうち「共に民主党・民主連合」が6割近くを獲得した一方、保守系与党「国民の力・国民の未来」は108議席にとどまったことから、国会で野党が過半数を占める「ねじれ状態」が続くこととなり、苦しい政権運営を強いられました。
韓国の議会(国会)は一院制で解散がなく、議員任期の4年ごとに実施される総選挙は政治の動向に大きな影響を及ぼすといわれています。その結果、尹氏は政府として国会で法案を通すことができず、リベラルな野党が通過させた法案に拒否権を発動する程度のことしかできない状況となっていました。
➁夫人の豪遊や株価操作。大統領が見舞われた汚職スキャンダル
尹氏は数々のスキャンダルも報じられ、国民の目はさらに厳しいものとなっていました。2024年7月には、大統領夫人のキム・ゴニ(金建希)氏が、韓国系アメリカ人の牧師からおよそ300万ウォン(日本円で30万円以上)の高級ブランドのバッグなどを受け取り、収賄や公職者らが高額の金品などを受け取ることを禁じた法律に違反した疑いがあるとして、韓国の検察から事情聴取を受けました。
さらに、金夫人は尹氏が就任する前に、輸入車販売業者の株価操作に関与した疑惑も取り沙汰され、検察は併せて事情を聞いたとされています。
国民の反応と大統領選の行方。日本への影響は
これらのスキャンダルの影響で、韓国国民の信頼が失墜した尹氏の支持率は低下し、17%前後という低水準となりました。野党が大きな力を持つ政権運営の中で、尹氏のスキャンダルに対する対応も影響を及ぼしたとみられます。
①テレビの全国放送で謝罪。本格的調査は拒否
尹氏は会見を開き、一連のスキャンダルについて国民に謝罪しました。尹氏に迫られる選択肢には、辞職のほかに「金夫人との離婚」や「金夫人を収容・収監する」などがあり、大統領の家族の収容・収監に関しては過去に前例もあります。しかし、尹氏はどの選択もせず、一方で野党は大統領が拒否権を行使できない政府予算案の大幅減額を提案しました。同時に、複数の閣僚と政府監査機関のトップを含む検察幹部らについて、金夫人に対する捜査を怠ったとして弾劾に動きました。
➁尹前大統領は日韓関係を劇的に改善させた人物
日本との関係において、尹氏は積極的に改善に動いた大統領といえます。元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)訴訟問題では、尹政権が提示した解決策は韓国の最高裁が日本企業に命じた徴用工らへの賠償を、韓国政府傘下の財団が寄付金で肩代わりするなどの案でした。それに対し、日本政府は植民地支配への「反省とおわび」を盛り込んだ歴代内閣の歴史認識の継承を表明し呼応しました。
このように、尹氏は日韓が抱える徴用工問題を解決する切実な課題だという考えを初期からはっきりと示す立場をとっており、今後、大統領が方針を変えれば、日韓関係が再び悪化することも考えられます。
まとめ
突如として戒厳令が敷かれた昨年12月から、韓国国民は今も混乱の中にいます。尹前大統領の戒厳令の発布に嫌悪感を示す国民がいる一方で、尹氏は主張を変えず、「北朝鮮と中国のスパイが韓国に入り、国内で自分に敵対する政治勢力に潜入しており、こうした反国家勢力が過去の選挙で不正操作を行った」などと述べ、一部ではこうした主張を支持する国民もいるとされています。
日韓関係においては、最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表(61)が尹外交を「屈辱的」と批判していることから、日韓国交正常化60年、植民地支配からの解放80年の節目である今年に、その対日姿勢が問われています。
また、米国トランプ大統領への対応も求められます。自動車と鉄鋼に25%という関税は、韓国経済にも大きな打撃を与えており、こうした急激に変化する世界情勢にも屈強に立ち向かうことができる新しいリーダーの出現が、韓国国民に望まれているといえそうです。
引用・参考
・BBC NEWS JAPAN
・産経新聞、読売新聞、朝日新聞
・一般財団法人 自治体国際化協会ソウル事務所資料
