通信の秘密とは、個人が誰とどのような内容の通信をしているのかを、本人の意思に反して第三者に知られない権利のことです。これは、憲法で保障されている基本的人権の一つであり、プライバシー権と密接に関連しています。
一方で、犯罪捜査や国家安全保障などの理由で、法律に基づいて通信の秘密が制限される場合があります。
本記事では、通信の秘密の定義、通信の秘密が憲法上保護される基本的人権である背景や、通信の秘密が制限される場合などについて詳しく説明します。
通信の秘密の定義や対象
「通信の秘密」は、個人の尊厳を守り、自由なコミュニケーションを保障するために重要な権利です。日本国憲法で保障される基本的人権の一つでもあります。
日本国憲法
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。具体的には、以下のような通信が「通信の秘密」の対象となります。
- 手紙:手紙の内容はもちろん、誰が誰に宛てて手紙を送ったのかという情報も含まれます。
- 電話:通話の内容はもちろん、誰が誰に電話をかけたのか、通話時間の長さなども含まれます。
- メール:メールの内容はもとより、送信者と受信者の情報も含まれます。
- インターネット:ウェブサイトの閲覧履歴、SNSでのやり取り、オンラインショッピングの購入履歴なども含まれます。
「通信の秘密」を守るため、法律には以下のような規定があります。
- 電気通信事業法:電気通信事業者が、通信の内容を第三者に漏らしてはならないと規定されています。
- 郵便法:郵便事業者が、郵便物の内容を第三者に漏らしてはならないと規定されています。
通信の秘密を保護する背景
では、「通信の秘密」はなぜ憲法で守られる基本的人権の一つなのでしょうか。通信の秘密が憲法に規定されている理由は、歴史的な背景と民主主義社会における本質的な価値の二つから説明できます。
歴史的な背景
- 検閲の禁止
- 憲法21条は、まず「検閲は、これをしてはならない」と規定しています。これは、戦前の日本で政府が国民の通信を検閲し、思想統制を行っていたことへの反省に基づいています。当時の政府は、反政府的な言動を弾圧するために、手紙や電報などを検閲し、内容によっては発信を差し止めたり、発信者を逮捕したりしていました。こうした国家権力による人権侵害を二度と繰り返さないために、憲法は検閲を明確に禁止したのです。
- 表現の自由の保障
- 通信の秘密は、表現の自由と密接に関連しています。人は、誰とどのような内容の通信をするかによって、自分の考えや気持ちを表現します。通信の秘密が侵害されると、表現の自由も制限されてしまいます。憲法は、国民が自由に意見を表明し、情報を得る権利を保障するために、通信の秘密を規定しているのです。
民主主義社会における本質的な価値
- 国民主権
- 憲法は、日本が国民主権国家であることを宣言しています。国民主権とは、国の最終的な決定権は国民にあるという考え方です。国民が政治に参加し、国の意思決定に影響を与えるためには、自由に意見を表明し、情報を得ることが不可欠です。通信の秘密は、国民が政治的な意見を自由に交換し、情報を得ることを保障することで、国民主権の実現に貢献します。
- プライバシー権の保護
- 通信の秘密は、個人のプライバシーを守る上でも重要です。個人が誰とどのようなやり取りをしているのかは、極めて個人的な情報であり、本人の意思に反して公開されるべきではありません。憲法は、個人の尊厳を守り、私生活を国家権力から保護するために、通信の秘密を規定しているのです。
通信の秘密は、民主主義社会を支える基盤となる重要な権利です。憲法に規定されることで、この権利は国家権力から強固に保護され、私たち一人ひとりの自由と権利が守られているのです。
通信の秘密が制限されるケースもある
通信の秘密は、憲法で保障された基本的人権ですが、公共の福祉のために必要不可欠な場合には、法律に基づいて制限されることがあります。
具体的には、以下の様な場合が挙げられます。
犯罪捜査
重大な犯罪の捜査において、犯人の特定や証拠収集のために、裁判所の発付する令状に基づいて、通信傍受(盗聴)が行われることがあります。
- 対象となる犯罪: 薬物犯罪、殺人、誘拐、組織的な犯罪など
- 手続き: 警察や検察が裁判所に令状を請求し、裁判所が妥当と判断した場合に令状が発付されます。
- 法律:通信傍受法、刑事訴訟法
国家安全保障
テロやスパイ活動などの国家安全保障を脅かす行為を防ぐために、一定の条件下で通信傍受が行われることがあります。
- 対象:テロ組織、外国のスパイなど
- 手続き: 関係機関が裁判所の許可を得て行われます。
- 法律: 国家安全保障法
児童ポルノ対策
児童ポルノの流通を防ぎ、児童を守るために、プロバイダに対して児童ポルノサイトへのアクセス遮断を義務付けています。
- 対象:児童ポルノサイト
- 手続き:インターネットホットラインセンターに寄せられた通報の中で「児童ポルノ」と思われるものがインターネットコンテンツセーフティ協会(ICSA)に情報提供され、ICSAがブロッキングを実施します。
- 法律: 児童ポルノ禁止法
電気通信事業法に基づく制限
電気通信事業者が、通信サービスの提供に必要な範囲内で、通信の秘密にアクセスすることが認められています。
- 目的:通信サービスの維持・管理、料金請求、不正利用の防止など
- 法律:電気通信事業法
通信の秘密の制限における注意点
通信の秘密の制限は、目的達成のために必要最小限の範囲で行われなければなりません。また、手続きは法律に基づいた適正な手続きによって行われなければなりません。通信の秘密は、個人の尊厳と自由を守るために重要な権利です。重要なのは、個人の権利と公共の利益とのバランスをどのように取るのか、ということです。
そのため、通信の秘密の制限は、厳格なルールの下で行われ、常に司法によるチェックを受ける必要があります。
通信の秘密を守るために私たちにできること
通信の秘密を守るためには、 個人の意識 が非常に重要です。なぜなら、技術の進歩によって、私たちは以前よりも多くの情報をデジタルでやり取りするようになり、その分、通信の秘密が侵害されるリスクも高まっているからです。
国民一人ひとりが、通信の秘密の重要性を理解し、それを守るための行動をとることで、はじめて安全で安心な社会を実現できるといえるでしょう。
具体的には、以下の点を意識することが大切です。
通信内容の保護
- パスワードの管理
- パスワードは、他人に知られないように厳重に管理しましょう。推測されやすいパスワードの使用は避け、定期的に変更することが大切です。また、複数のサービスで同じパスワードを使い回すことは避けましょう。
- セキュリティソフトの利用
- ウイルスやマルウェアから自分の端末を守るために、セキュリティソフトを導入し、常に最新の状態に保ちましょう。
- 不用意な情報発信を避ける
- SNSなどで、個人情報やプライベートな情報を不用意に発信しないように注意しましょう。一度インターネット上に公開された情報は、完全に削除することが難しいことを覚えておきましょう。
- 暗号化
- 機密性の高い情報などを送信する際は、暗号化通信を利用しましょう。
- 公共Wi-Fiの利用
- 公共のWi-Fiを利用する際は、通信内容が盗み見られるリスクがあることを理解し、個人情報やパスワードなどの重要な情報を入力するのは避けましょう。VPNなどを利用してセキュリティ対策をすることも有効です。
サービス利用時の意識
- 利用規約の確認
- アプリやサービスを利用する際は、利用規約をよく読み、自分の情報がどのように扱われるのかを確認しましょう。
- プライバシー設定
- SNSなどのサービスを利用する際は、プライバシー設定を確認し、自分の情報が誰に公開されるのかを適切に設定しましょう。
- クッキー設定
- ウェブサイトのクッキー(Cookie)は、サイト閲覧履歴などを記録する仕組みです。クッキーの設定を見直し、必要なものだけを許可するようにしましょう。
リテラシーの向上
- 情報セキュリティ
- 情報セキュリティに関する知識を深め、フィッシング詐欺やマルウェアなどのサイバー攻撃から身を守る方法を学びましょう。
- プライバシー
- プライバシーの重要性について理解し、自分自身の情報だけでなく、他人のプライバシーも尊重しましょう。
社会参加
- 議論への参加
- 通信の秘密に関する議論や法整備に積極的に関心を持ち、意見を表明しましょう。
- 監視
- 政府や企業による通信監視に対して、常に注意を払い、問題があれば声を上げましょう。
通信の秘密は、私たち一人ひとりの努力によって守られるものです。上記のような点を意識し、日々の行動を少し変えるだけでも、通信の秘密を守り、プライバシーを保護することにつながります。