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政治ドットコムトピックス東京歴史散歩〜歴代総理の体温を感じるスポット8選

東京歴史散歩〜歴代総理の体温を感じるスポット8選

投稿日2020.12.2
最終更新日2020.12.02

東京都内には多くの歴史遺産が今でも残されています。明治以降の総理大臣の足跡を感じられるスポットも数多く残っています。ここではその中から、歴代総理と多くの総理大臣を輩出した吉田松陰の体温を感じられる8つのスポットをご紹介します。

1.伊藤博文墓所

初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文が眠る墓所は、JR西大井駅から徒歩3分の、閑静な住宅街の中にあります。
伊藤は明治42年にハルビンで暗殺されます。大々的に国葬が営まれた後、伊藤の居館が大井にあったことが縁で、この地に葬られたとのことです。
高さ約2メートルの円墳の前に鳥居を配した神式の墓所ですが、通常は非公開で入れませんが、毎年秋に開催する文化財ウィークには数日限定で公開されています。

■アクセス
伊藤博文公墓所
〒140-0015 東京都品川区西大井6-10-18
JR西大井駅から徒歩3分

墓所は基本的に非公開

墓所は高さ約2メートルの円墳

 

2.大隈重信 雉子橋邸跡

東京メトロ九段下駅から徒歩4分。現在は千代田区役所が建っている場所に、大隈重信の雉子橋邸はありました。現在は、その存在を知らせる石碑と案内板が置かれています。この地に、大隈重信は1876年から1884年にかけて住んでいたと言われています。
この場所は大通りを隔てて皇居(江戸城の清水門)の目の前。明治新政府の枢要にあった大隈が、いかに重要視されていたかが偲ばれます。

■アクセス
〒102-0074 東京都千代田区九段南1丁目2
東京メトロ九段下駅から徒歩4分

現在は千代田区役所が建っている

邸宅前には皇居清水門がある

 

3.山縣有朋 椿山荘

現在はホテル椿山荘東京として知られる地は、山縣有朋が、1878年に、私財を投じて「つばきやま」を購入し、庭と邸宅を作り「椿山荘」と命名しています。
山縣自身が庭の全体計画や細部の意匠を指導。目白台地の崖線や緩傾斜を利用した芝生園地と流れ、池を特徴とした庭は、多くの文化人によって名園と評価されました。山縣は明治天皇をはじめとする政財界の重鎮を招き、椿山荘で国政を動かす重要な会議を開いていたと言われています。

■アクセス
〒112-8680 東京都文京区関口2丁目10−8
東京メトロ早稲田駅から徒歩15分

椿山荘の歴史を記すレリーフ

庭園は多くの観光客が訪れる

4.鳩山一郎 鳩山会館

鳩山会館では、内閣総理大臣を務めた鳩山一郎の邸宅を記念館として一般に公開しています。「音羽御殿」の通称で知られるこの地は、戦後政治史の重要な舞台のひとつに数えられています。 現在は、往時の応接室や居間、鳩山家歴代の愛用品、記念品等を見学することができます。

■アクセス
〒112-0013 東京都文京区音羽1丁目7−1
東京メトロ江戸川橋駅から徒歩7分
開館日:火曜日 ~ 日曜日
開館時間:10時 ~ 16時(最終入館15:30)
入館料:大人600円/シルバー500円(65歳以上)/障がい者400円(同伴者1名)/学生400円(高校生以上)/小中学生300円

瀟洒な趣を残す会館

5.高橋是清 高橋是清翁記念公園

大正から昭和初期にかけて首相、蔵相を務めた高橋是清は1936年に起こったクーデター、226事件で命を落とします。その彼の邸宅があった場所は現在、公園として整備されています。
1936年2月26日午前5時過ぎ、この地にあった高橋是清邸を反乱軍襲撃。是清は寝室で、拳銃で撃たれた上、軍刀でとどめを刺され即死しました。
かつて血なまぐさい事件が起こったこの地は美しく整備され、市民の憩いの場となっています。

■アクセス
〒107-0052 東京都港区赤坂7丁目3−39
東京メトロ青山一丁目駅から徒歩4分

高橋是清像

公園内は美しく整備されている

6.原敬 遭難現場
7.浜口雄幸 遭難現場

1914年に開業し、100年以上の歴史を持つ東京駅では、これまで2人の総理大臣経験者が暗殺されています。
1921年11月4日。平民宰相と呼ばれ親しまれた原敬は、東京駅の改札口へと向かう途中、右翼の青年・中岡艮一に暗殺されました。中岡が使った短刀は原の胸部に深々と刺さり、原はほぼ即死だったと伝えられています。
それから9年後の1930年11月14日、浜口雄幸は神戸で開催予定だった陸軍演習に向かうために東京駅へと足を運びます。そこでホームを移動中、右翼活動家の佐郷屋留雄に銃撃されました。浜口は手術の甲斐もあり、なんとか一命はとりとめますが、その後の政治活動での無理が祟り再び体調は悪化。翌年8月に亡くなりました。
東京駅構内の2人の遭難場所には、現在でも目印が置かれています。

■アクセス
〒100-0005 東京都千代田区丸の内1丁目9
東京駅構内

原敬の暗殺事件を伝えるレリーフ

原敬暗殺現場に残されるタイル

浜口雄幸の暗殺現場全景

浜口雄幸の暗殺現場に残されるタイル

8.吉田松陰 松陰神社

幕末の思想家であり教育者でもある吉田松陰は、多くの門人を世に送り出しました。松陰とその門人を祀る神社が、東京都世田谷区にあります。
松陰神社は1882年に創建されています。松陰が安政の大獄で刑死後、遺体は小塚原の回向院にありましたが、1863年に高杉晋作など松陰の門人によって、かつて長州藩の別邸があった松陰神社の地に改葬されます。
1882年に、松陰門下によって墓の側に松陰を祀る神社が創建されたのが始まりとされています。境内には伊藤博文、木戸孝正、山縣有朋、桂太郎、乃木希典、井上馨、青木周蔵など、錚々たる面々によって寄進された燈台などが今も残っています。

■アクセス
〒154-0023 東京都世田谷区若林4丁目35−1
東急世田谷線松陰神社前駅から徒歩3分

立派に整備された境内

吉田松陰墓所

この記事の監修者
政治ドットコム 編集部
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