政治ドットコムトピックス国民に勇気と元気を与える「内閣総理大臣賞」

国民に勇気と元気を与える「内閣総理大臣賞」

投稿日2020.5.22
最終更新日2020.05.22

日本の国内においてさまざまな分野で顕著な活躍あるいは成果を挙げた個人または団体に、内閣総理大臣賞が授与されています。一口に「内閣総理大臣賞」といっても、その内容はさまざま。どのような賞があるのか、振り返ってみましょう。

ホームラン記録をきっかけに生まれた国民栄誉賞

内閣総理大臣賞には大きく分けて2種類あります。
①内閣や内閣府が定めるもの
└①-1:国民栄誉賞(1977年創設)
└①-2:内閣総理大臣顕彰(1966年創設)
②申請に応じて適時授与するもの

国民栄誉賞は、1977年(昭和52年)、時の内閣総理大臣・福田赳夫が、ホームランの世界記録(756本)を達成したプロ野球選手・王貞治を称えるために創設したのが始まりです。
内閣府は国民栄誉賞の目的として「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えることを目的とする。」と定めています。
国民栄誉賞は、これまで27の個人・団体に授与されています(2020年現在)。

歴代国民栄誉賞受賞者

王貞治(1977年):通算本塁打数世界新記録達成
古賀政男(1978年):独自の曲調「古賀メロディー」作曲による業績
長谷川一夫(1984年):演劇界への貢献
植村直己(1984年):世界五大陸最高峰登頂など
山下泰裕(1984年):柔道界への貢献
衣笠祥雄(1987年):連続試合出場世界新記録達成
美空ひばり(1989年):歌謡曲を通じて国民に夢と希望を与えた
千代の富士貢(1989年):通算勝ち星最高記録更新
藤山一郎(1992年):歌謡曲を通じて国民に希望と励ましを与えた
長谷川町子(1992年):家庭漫画を通じて戦後の日本社会に安らぎを与えた
服部良一(1993年):数多くの歌謡曲を作り、国民に希望と潤いを与えた
渥美清(1996年):映画『男はつらいよ』シリーズ
吉田正(1998年):音楽界への貢献
黒澤明(1998年):映画界への貢献
高橋尚子(2000年):シドニーオリンピック女子マラソンで優勝
遠藤実(2009年):音楽界への貢献
森光子(2009年):演劇界への貢献
森繁久彌(2009年):演劇界への貢献
2011 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表(2011年):FIFA女子ワールドカップで初優勝
吉田沙保里(2012年):世界大会13連覇
大鵬幸喜(2013年):相撲界への貢献
長嶋茂雄(2013年):野球界への貢献
松井秀喜(2013年):野球界への貢献
伊調馨(2016年):五輪史上初の女子個人種目・格闘技系種目四連覇
羽生善治(2018年):将棋界への貢献
井山裕太(2018年):囲碁界への貢献
羽生結弦(2018年):五輪連覇

いずれも錚々たる面々です。
国民栄誉賞受賞の際には、副賞も贈られます。
初めて受賞した王は、鷲の剥製を贈られたとのこと。
後に福岡へ移り、福岡ダイエーホークス(当時)の監督を務めて常勝軍団を作り上げることを考えると、運命的な副賞です。

この副賞は、どのようにして決められるのでしょうか。
これは受賞者の欲しい物が贈られることになっています(金額の上限はなし)。これまでもっとも多かった要望は時計とのことです。

ではこの国民栄誉賞、これまで辞退した人はいるのでしょうか。
1983年に通算939盗塁の世界記録(当時)を達成した、プロ野球選手の福本豊。彼は中曽根康弘首相(当時)から国民栄誉賞の受賞を打診されますが、辞退しています。
その理由は、「そんなものもらったら、おちおち立ちションベンもできなくなってしまう」というもの。
国民栄誉賞をもらわなくても、立ちションベンはNGかと思いますが、彼のユーモラスな人柄を表した秀逸なコメントではないでしょうか。
また、日本プロ野球とメジャーリーグで、通算4000本以上の安打を積み上げた野球選手、イチローにも複数回打診がありましたが、いずれも辞退しています。

幅広い対象者に贈られる「内閣総理大臣顕彰」

内閣総理大臣顕彰は、「国家、社会に貢献し顕著な功績のあったものについてこれを顕彰することを目的」とし、日本の内閣総理大臣が授与する顕彰を指します。1966年(昭和41年)に、当時の首相・佐藤栄作によって創設されました。
内閣総理大臣賞は、もともとスポーツ選手は受賞の対象外でした。
そのため、ホームランの世界記録を更新し、日本中に感動を与えた王貞治に、内閣総理大臣賞を与えることはできませんでした。
それを憂いた当時の首相・福田赳夫が、国民栄誉賞を創設し、王を表彰したというのが国民栄誉賞創設のきっかけでした。
また、原則として国民栄誉賞は個人のみ受賞、内閣総理大臣顕彰は団体、個人どちらでも受賞可という住み分けがなされていたのですが、2011年に、団体であるなでしこジャパンに国民栄誉賞が授与されたことでこの原則も事実上なくなり、内閣総理大臣顕彰は国民栄誉賞の下位に位置づけられています。

主な内閣総理大臣顕彰受賞者

第9次南極地域観測越冬隊内陸調査旅行隊(1969年):日本人初の南極点到達
日本航空「よど号」乗員(1970年):よど号ハイジャック事件での人質乗客救助
日本鉄道建設公団(1988年):青函トンネルの完成
毛利衛(1992年):日本人初のスペースシャトル搭乗者
ジーコ(1994年):日本サッカー界への貢献
佐藤琢磨(2017年):日本人初インディ500初優勝 ほか

時の総理大臣が、自分の好きなスポーツ選手に授与するケースもあります。
森喜朗は松井秀喜に、相撲ファンの宮沢喜一は貴乃花に、サッカーファンの細川護熙は三浦知良に。ちなみにキングカズこと三浦知良は、内閣総理大臣顕彰授賞式に出席するために、新婚旅行を中断して慌てて帰国して出席したそうです。そのとき、妻のりさ子さんはロサンゼルスで待機していたとのことです。

 

大相撲の杯の重さは40.8キロ

申請に応じて授与される内閣総理大臣賞もあります。
こちらは全国各地、その内容も多岐にわたります。
・全日本菊花連盟
・日本中央競馬会:桜花賞、皐月賞、優駿牝馬、東京優駿、菊花賞
・全国トラックドライバーコンテスト
・ものづくり日本大賞
・全国すし技術コンクール
・NHK全国学校音楽コンクール ほか

「全日本こけしコンクール」「富士登山競走」「二科展」などもあります。
内閣総理大臣賞の中で、一番知られているのは大相撲でしょう。
大相撲で幕内最高優勝を達成した力士には「内閣総理大臣杯」が手渡されています。
この習わしは、1968年、佐藤栄作内閣(当時)のときに始まりました。
この杯は、基本的に内閣官房副長官クラスの政治家が手渡すことになっていますが、首相本人や内閣官房長官が手渡す場合もあります。
初めて総理大臣杯を自ら渡した総理大臣は、橋本龍太郎。1996年1月場所において、貴ノ浪に手渡しています。その後、2001年5月場所で、小泉純一郎が貴乃花(当時)に杯を手渡した際の「痛みに耐えて、よく頑張った。感動した!」のコメントが話題を集めました。
この総理大臣杯ですが、40.8キロの重さがあります(高さ85センチ、直径64センチ)。
これまで、直接手渡した総理大臣の中で、よろけることなくしっかりと杯を持ち上げられたのは、元ラガーマンの森喜朗ただひとりだそうです。