政治ドットコムトピックス終戦までの一週間を新聞報道で振り返る 後編(昭和20年8月14日〜15日)

終戦までの一週間を新聞報道で振り返る 後編(昭和20年8月14日〜15日)

投稿日2020.12.9
最終更新日2020.12.09
この記事の監修者
山口和史
20年にわたって法律、税務、経営等の業界専門誌の編集長を歴任。
2020年から政治ドットコムの理念「政治をもっと身近に。」を実現するため、編集長に就任。
独自の視点と切り口で、政治にまつわる最新情報を発信する。

2020年の夏は第2次世界大戦から75回目の夏となります。新型コロナウイルス騒動で全世界が混乱をきたしている中、今年もこの季節がやってきました。
ここでは、「朝日新聞」と「読売報知」の2紙から、終戦までの一週間、国民にはどのような報道がなされていたのかを見ていきます。
最終回となる今回は、日本政府がポツダム宣言を受諾した8月14日から昭和天皇が玉音放送を行った8月15日の2日間を見てみます。

8月14日:終戦前日も、引き続き戦意高揚

8月14日付の「朝日新聞」では、当然ながらまさか次の日に終戦するとは露ほどにも感じさせない記事が並んでいます。
一面の大見出しには「大型水上機母艦撃沈 潜水部隊 沖縄南東海面で」とつけられ、8月13日17時に公表された大本営発表にのっとった戦果を紹介しています。
また、「戦友に見送られて出撃する陸軍爆撃隊」と題された大きな写真を掲載するなど、国民の戦意高揚を狙った記事が並びます。
同日付の「読売報知」でも、トップ記事はこの母艦撃沈の記事。戦艦一隻とほかに6隻の船を沈めたと報じています。

一方で日本への攻撃は休まることなく続いており、「機動部隊、又も関東近海に出現 六百機が分散来襲」「落下傘焼夷弾 敵、熊本で苦肉の手段」「目立つ爆撃機増強 沖縄、敵既に千四百機」(「朝日新聞」)、「敵、樺太に新上陸開始」「九州に三百餘機」(「読売報知」)と、戦果よりも被害に関する記事のほうが圧倒的に多い状況となっています。

「読売報知」には、「本土決戦に備えて老幼婦女家族の生活は安定させておこう」と題した郵便年金の広告も掲載されています。
「勝利の日までの生活を護り抜く我らの盾、郵便年金」と紹介していますが、この広告が掲載された次の日、戦争は終わり、日本は敗戦を迎えることになります。

「読売報知」の中面では、広島、長崎に落とされた原子爆弾の被害や爆発時の状況などが詳細に掲載されています。
この「読売報知」と「朝日新聞」の2紙を比較すると、この終戦までの一週間に限って見るに、「読売報知」にほうが実際に即したニュースが多く載せられているように見えます。

同記事では「地下工場は平然 一瞬・熱い突風と上下動自身の感じ」と題し、8月9日に落とされた長崎での原子爆弾の被害状況を報じています。
とはいえ、この世の地獄とも謳われた原爆被害をそのまま報じることはできなかったようで、「地下壕ではろうそくは消えたが軽い熱風らしい。他に何も感じなかった。敵の呼称する新型爆弾なんて、案外脆いぞと笑った」など、あえて被害を過小評価し、敵国であるアメリカを軽侮するような表現が多く見られます。
同様に、「威力は八キロに及ぶ」と書きながらも「怖るに及ばず新型爆弾」といった文言も見られます。
前日の紙面では「原子爆弾」の表記を使っていたものの、ここでまた「新型爆弾」に変更している点も気になるところです。

一方の「朝日新聞」の中面では、「次代を背負ふ子ら身につけた『勤労』」「アジア民族は一つ」「国民志気の陣頭に 梨本総裁宮殿下 郷軍に令旨を賜ふ」など、最後まで国民を戦争に駆り立てる、戦意を鼓舞する記事を提供し続けています。

この日、日本はポツダム宣言を受諾しました。

8月15日:戦争終結の大詔以外の記事は差し替えできずか

1945年(昭和20年)8月15日、終戦を迎えます。
同日付の「朝日新聞」では、「戦争終結の大詔渙發さる 新爆弾の惨害に大御心 帝国 四國宣言を受諾」と題し、「読売報知」では「戦争終結へ聖断・大詔渙發す 帝国政府 四國共同宣言を受諾 萬世の為に太平開かむ」と報じました。

日本の終戦記念日は、広くは8月15日とされていますが、その根拠はこの日に玉音放送によって日本の降伏が国民に公表されたからです。
研究者の間では、日本政府がポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告した8月14日をもって終戦とする説や、日本政府が降伏文書(休戦協定)に調印した9月2日をもって終戦とする説などもあります。

8月15日を迎えて、「朝日新聞」と「読売報知」では、記事の方針が大きく異なります。
「朝日新聞」では、中面で「玉砂利を握りしめつつ 宮城を拝しただ涙 鳴 胸底えぐる八年の戦い」「胸灼く痛憤 堪え抜かん苦難の道」と、ややもすると感情的な記事と受け取られかねない内容が大半を占めているのに対し、「読売報知」では従来予定していた記事の差し替えが難しかったのか、「空母、巡艦を大破す」「十三隻屠る 七月下旬来 潜水部隊戦果」「道路急設の敵痛撃」と、戦果を誇らしげに語る記事が多く見受けられます。

なかでも注目したいのは「読売報知」の原子爆弾に関する調査結果を報告した記事で、「輻射光線は紫外線 被害中心地の長期滞在は危険」と報じている点です。


いまでは、原子爆弾による放射能被害は広く知られていますが、この段階では「放射能」ではなく「紫外線」が人体に悪影響を及ぼしていると捉えられていたようです。

派遣された調査団は、なぜ紫外線だと判断したのか。
その理由を「ガラス窓の内側にいた人は爆風力による裂傷を受けてはいるが、火傷は受けていない。紫外線はガラスを通過しないからである」としているのですが、いかに当時の人員、予算ではまともな調査、研究を行うのが難しかったか、またはいかに日本の国力が衰えていたかを如実に表しているように思えます。

8年間にわたる戦いで、日本人は300万人以上が亡くなったと言われています。
そのような古今未曾有の戦争が終結したその日でも、新聞は国民に必要な日常も報道しています。

「日銀人事異動 日本銀行では、渡辺文●(解読不能)局長の三和銀行移出に伴う後任に京都市局長藤原哲男氏を任命することになり、十四日右に伴う人事を次の通り発令した」(8月15日付「読売報知」)

この日から、ふたたび立ち上がるための、日本国民の新たな戦いが始まります。