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政治ドットコムトピックス自宅で摂った食事は「選挙経費」? 最高裁までもつれ込んだ大騒動

自宅で摂った食事は「選挙経費」? 最高裁までもつれ込んだ大騒動

投稿日2020.12.7
最終更新日2020.12.08

法治国家である日本では、社会のあらゆる事柄において法が定められています。ですが、時にはその解釈を巡って争いが起こり、どちらの言い分が正しいのかは裁判所の判断に委ねられます。
裁判所が出した判断は「判例」として社会に示され、以後、同様の紛争が起きたときにはその判例を参考にされていきます。
昭和13年(1938年)に、当時の大審院(最高裁判所の前身)で「選挙期間中に運動員が自宅で摂った食事に関しては、選挙費用を支払ってはならない」という判決が下されました。

当選の恩人への感謝の気持ちが仇に

選挙期間中、運動員が自宅で食べる食事に対して選挙費用を支払っても良いものか。
当時、衆議院議員選挙法第97条では、選挙事務長や選挙委員が、選挙運動の際に必要とした飲食物や、遠方への出張の際の交通費・宿泊費などに関しては、選挙費用として認められると定められていました。
この規定は、選挙事務所のスタッフだけではなく、応援演説を行ったり推薦状を書いて候補者を応援する人々にも適用されていました。

選挙運動期間中、運動員に認められた食費は1食50銭まで。昭和10年当時、ビールの大瓶が33銭ですから、現在の価値に換算すると600〜700円程度でしょうか。

この規定、選挙運動の際に選挙事務所を設けてその場所に常駐し、選挙活動を行う際にはそれほど問題にはならないのですが、推薦状を書いて多くの人々に送付するような応援をしている人は、特に選挙事務所に通うことはなく、自宅で手紙をしたためています。
となれば、ご飯は自宅で食べている。この食事代を選挙費用と認めて良いものか? と、喧々諤々のやり取りが繰り広げられました。

実際の例は以下のような顛末でした。
現在の東京都港区麻生に住む医者のX氏が、同区の区会議員に立候補します。
そうなれば、港区の医師仲間たちはなんとかX氏を当選させようと一所懸命に応援します。

その中でも、特にA氏、B氏、C氏の3人は、力を入れて応援していたのですが、医師という仕事柄、選挙事務所に日中詰めて、活動をすることができません。
その代わり、本業の合間を縫って、演説会で応援演説を行ったり、X氏の推薦状を書いて盛んに送るといった活動をしていました。

選挙の結果、無事X氏は当選を果たします。
X氏は考えました。
彼ら3人には大変お世話になった。彼らは一度の選挙事務所で食事をしなかった。これでは申し訳ないと、選挙期間中の18日間の3人分の食事費用として、50円を支払うことにしました(※本来であれば3食で1日1円50銭、その額に18日分を掛けると27円、3人分で81円となりますが、50円に抑えたようです)。

この行為が引っかかりました。
X氏は当時の市制39条の3に違反するとして、起訴されてしまったのです。

厳しい判決も、世論はおおむね好意的な評価

弁護士は、衆議院議員選挙法第97条(当時)を引用し、A、B、C氏は実際に選挙運動に従事していた。たとえ、自宅で食事をしても、三度の食事をすることは人間生活において必須であり、しかも、実際にその食事代の支払いを受けることは認められているのだから、なんら罪となることではないと弁護します。

起訴後、一審、二審を経て大審院までもつれ込んだ裁判。最終的に大審院では、「同条によって、実費の支払いを受け得る飲食物の費用というのは、たとえば選挙運動のために外泊し、そこで食べた食事のように『特に選挙運動に要したもの』を指す」とし、「A氏、B氏、C氏が、日常の生活上、自宅において食べた、いわゆる三度の食事に関しては、たとえその食事の時期が選挙運動の継続中であっても、いわゆる選挙運動のために要した実費ということはできない」と判じました。

この判決によって、選挙の運動員が、選挙期間中に日夜自宅にこもって推薦状による運動に従事したとしても、三度の食事を自宅で摂った場合においては、その費用を選挙費用として認めることはできないことになりました。

直接この判例の影響を受ける、政治家や秘書はもちろん、政治評論家の間でも物議を醸す判決だったようですが、最終的には「裁判官が、なんとかして法の抜け穴をすり抜けようとする不届き者を逃がすまじと、努力していることがありありと分かる」と、おおむね好意的に受け取られたようです。

※参考資料:「珍しい裁判実話」友次寿太郎著(昭和19年・法令文化協会刊)

この記事の監修者
政治ドットコム 編集部
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