急激な発展を遂げるミャンマーの中心地・ヤンゴン
かつての利権を取り戻したい国軍によるクーデター
ーーミャンマーにはどれくらい滞在していたのですか?
A:2013年から2020年まで駐在していました。昨年末、コロナ禍の影響で日本に帰国するまで、約8年間ミャンマーで暮らしました。
ーーミャンマーの国民たちは、今回の国軍のクーデターをどのように捉えているのですか?
A:私が暮らしていた期間、そしてクーデターが勃発してから連絡を取り合っている現地の皆さんのほぼ全員が国軍に反発しています。
ーーなぜ反発しているのでしょうか?
A:もともとミャンマーでは長らく国軍による独裁政治が続いていました。国民は「軍事政権では自由が虐げられ、軍のトップは利権をかすめ取ることしか考えていない」と捉えています。せっかく2015年の選挙でアウン・サン・スー・チーさん側が圧勝し、自分たちの理想の国づくりに向けて歩を進められたのに、またあの暗黒時代に逆戻りするのはなんとしても避けたい、そう考えている人が圧倒的多数です。
ーー国軍側を支持する人たちはいないのですか?
A:2010年から2015年までの5年間、軍事政権は外資を積極的に呼び込み、現在の経済発展の礎を築きました。そのことを評価する資産家は一部にはいます。
また、軍事政権が約半世紀続いたということは、アウン・サン・スー・チーさんが率いる民主化政権には、政治を実際に行った人々は皆無だったことを意味しています。そのため、2015年以降、政治や官僚機構がスムーズに回らなかった部分があります。そのことを指して「軍政時代のほうが、いろいろとうまくいっていたところもある」と話す人たちはいます。ですが、やはり大多数の国民は軍事政権に生理的な嫌悪感を抱いており、大規模なデモにつながっています。
ーーそもそも、今回のクーデターはなぜ起こったと報じられているのですか?
A:報道や発表によると、国軍は「2020年に行われた選挙で不正が発覚した」と主張しています。選挙人名簿に数千万人単位の重複が見つかった、ゆえにこの選挙は無効であるとして、アウン・サン・スー・チーさんほか、大統領や閣僚など主要な人物を拘束し、政権を乗っ取りました。
ーー実際に選挙は不正だったのですか?
A:眉唾だなという印象です。
名簿の重複についてなのですが、先ほども話したとおり、残念ながらミャンマーの公務員や官僚は他国と比べて優秀とは言い難い面があります。たとえば国民の誰かがA市からB市に引っ越したとします。その際に、A市の職員が名簿から削除し忘れたら、引っ越した国民の名簿は重複してしまいます。そのような凡ミスは珍しいことではないだろうと実体験から想像できます。ただ、国軍の言うように「数千万人単位の不正」というのは考えにくいというのが正直なところです。そもそも、その主張についても国軍が勝手に言っていることで、明確な証拠が提示されたわけではありません。
ーー日本人の感覚では、不正選挙だからクーデターを起こすという部分が理解しにくいのですが、国軍側に大義名分はあるのですか?
A:これがなかなか根が深い問題で、歴史をさかのぼって考える必要があります。民主化宣言する前の軍事政権時代のトップが、ミャンマー国内に国軍の権力を維持するための憲法改正を行いました。
・民主的選挙を行っても、軍人が国会議員の1/4を必ず占めなければならない
・憲法改正を行うためには、全議員の3/4以上の賛成を集めなければならない
この措置によって、国軍は一定以上の勢力を民主化以後も残すようになります。さらに、国軍にとってマイナスになるような憲法改正が実質的に行えないようになっています。
その上で、「異常事態が起こったときには国軍は治安維持のために出動できる」という緊急事態条項が組み込まれています。今回、これが彼らにとっての大義名分になっています。
ーーアウン・サン・スー・チーさんたちが不正選挙を行った。その不正を認めないから憲法に則って国軍が出動し、緊急事態宣言を発令したという流れですね。
A:そういうことです。
ーーそもそも、国軍はなぜ2021年の現在にクーデターを起こす必要があったのですか?
A:ミャンマーでは2010年11月の総選挙が新憲法に基づいて行われた初めての選挙だったのですが、この選挙を受けて政権を担ったのは国軍出身の内閣でした。議員の任期は5年ですので、2010年から2015年までこの政権は続いたのですが、2015年11月に行われた民政復帰後初めての選挙でアウン・サン・スー・チーさんが率いる国民民主連盟(NDL)が圧勝し、政権がひっくり返ったわけです。
敗北した国軍側は、2015年から2020年までの5年間、「我々のほうが正しい政治を行える」「2020年の総選挙では必ず我々が勝てる」と主張してきました。にもかかわらず、2020年の総選挙でも惨敗します。この結果が受け入れられなかったために不正選挙を訴えたというのが理由のひとつのようです。
もうひとつは、現在国軍を率いている人物が2021年に65歳を迎えます。ミャンマーでは65歳になると定年を迎えます。彼にとって、このまま引退してしまったら利権もなにもない。私腹を肥やすための利権が欲しい。そのためには2021年のいま、政権を取り戻すしか無いという理由もあるのではとまことしやかに囁かれています。
ヤンゴンから車で1時間。貧しい農村が広がる
釈放された受刑者が治安悪化活動を展開
ーー2021年2月1日にクーデターは勃発しました。以降のミャンマー国内の様子はどのように伝わっていますか?
A:連日、国民によるクーデター反対のデモ活動が続いています。デモを行いながらも、アウン・サン・スー・チーさんたちは徹底した「非暴力・不服従」を貫いています。若者の中には血気にはやって警察や軍隊に向かって暴力的な行動を取っても不思議ではないのですが、必死にこらえて活動している様子を動画などで見ると、胸に迫るものがあります。
ミャンマーでは1988年にも大規模な民主化要求運動が起こりました(当時の国名はビルマ。通称:8888民主化運動)。国軍はそのときと同じような手段で国民を煽って暴力的な行動を取らせようとしています。
ですが、当時のことを知る年配の人間が「暴力を奮ったら国軍の思うままだ」と説得してとどまらせているようです。
ーー国軍側は国民に暴動を起こさせて、鎮圧のための大義名分を得ようとしているということですね?
A:対外的にも国軍側に正義があると思わせようとしています。2021年2月12日、国軍は刑務所に収容されていた受刑者2万3千人を突然釈放しました。この裏には、彼らにミッションを与えて国内を混乱させようという意図があると言われています。
釈放された受刑者たちには、国内で放火、暴動、強盗などを起こし、治安を悪化させる役割が釈放の代わりに与えられていると言われています。
実際に、ヤンゴンなどの大都市はもちろん地方でも放火が続発しており、クーデター以外の混乱が広がっています。
警察も彼らを逮捕してはくれないので、国民は自警団を組織して夜通し街や集落を見回っている状況です。
ーー破壊活動を行っている元受刑者たちに対して、自警団が攻撃を加えるのを国軍は待っている、ということですね?
A:そのとおりです。現在は国民たちも我慢できていますが、いつ不満が爆発してしまうかわからない、一触触発の状況です。
ーーインターネット回線の遮断も断続的に続いているようですね。
A:ネット回線はクーデター後の土日に最初の切断が行われて通じなくなりました。全域で完全に遮断するのかと思ったのですが、ITが急速に普及したミャンマーでネットを禁止したら国軍側にも支障があるのか、夜間は通じないといったことはありながらも、なんだかんだでつながっています。
現地のメンバーとも回線がつながっているうちはやり取りが可能です。
ーーネットが繋がらないと経済活動も止まってしまいますね。
A:クーデターに反発して、多くの公務員も仕事をボイコットしているようで、役所や公立病院も機能していないと連絡がありました。銀行なども閉まっている店舗が多いようです。国としても大打撃でしょう。
ーークーデター騒ぎは今後、どのように着地すると思いますか?
A:まったく先が見えないというのが正直なところです。少なくとも、今日明日といった短期的なスパンで解決することはないのではと考えています。国軍側もまさかこれほど反対されるとは予想していなかったのではないでしょうか。
海外からの経済制裁も始まり、もう後に引けない国軍側が今後どのような着地をしようとしているのか、誰もロードマップを描けていないのではという印象です。
2月22日には数百万人が参加するとされている、これまでで最大のデモが開催される予定です。ここで、大きな被害が生まれなければいいがと心配です。
ーー日本国内に在住しているミャンマーの方々による抗議活動も活発化しています。
A:日本の皆さんにとっては「コロナで大変なときに集まるんじゃない」「拡散したらどうするんだ」という思いかもしれません。そのお気持ちもよくわかります。
ですが、ミャンマー人の彼らにとってみたら、国の根幹がひっくり返ってしまう。さらに日本という異国の地でそれを遠巻きに眺めることしかできない。不安であり寂しくもありもどかしくもあり、居ても立っても居られない状況なんだと思います。
また、ミャンマー人は本当に日本が大好きなんです。ミャンマー人のFacebookコミュニティを眺めていると、日本人に向けた日本語のメッセージが大量に投稿されるんです。
「助けてください」「力を貸してください」というメッセージを目にすると、私も胸が熱くなります。
コロナ禍の中、日本の皆さんが大変なのはわかっているのですが、どうか関心だけでも寄せて欲しいと思うばかりです。(2021年2月21日取材)