
SNSや掲示板を中心に、インターネット上での誹謗中傷が社会問題になっています。匿名で発信できる環境を悪用し、個人を攻撃する書き込みが後を絶ちません。その結果、精神的なダメージを受ける人が増え、ときには深刻な事件につながることもあります。
こうした状況を受け、政府は誹謗中傷への対策を強化しています。その一環として、2024年に「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(通称:プロバイダ責任制限法)」が改正され、新たに「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(通称:情報流通プラットフォーム対処法)」が施行されました。
これにより、SNSや動画投稿サイトなどのプラットフォーム事業者に対し、誹謗中傷の被害者を救済するための対応が求められるようになりました。本記事では、これまでの法律と新しい法律の違い、改正の背景、そして今後の課題についてわかりやすく解説します。
「プロバイダ責任制限法」から「情報流通プラットフォーム対処法」へ改定
誹謗中傷などのトラブルが起きた場合、これまでは「プロバイダ責任制限法」が対応の基準となっていました。この法律は2001年に制定され、SNSや掲示板を運営する事業者の責任を明確にする目的で作られたものです。
この法律には、大きく2つの役割がありました。
1. 事業者の損害賠償責任の制限
SNSや掲示板には、誰でも自由に投稿できる仕組みがあります。しかし、もし利用者が誹謗中傷や違法な書き込みをした場合、その責任は誰が負うのかという問題が生じます。
プロバイダ責任制限法では、運営者が一定の基準に従って適切に対応すれば、投稿による損害賠償責任を負わないことが定められていました。
2. 発信者情報の開示請求
誹謗中傷を受けた人が、投稿者に対して損害賠償を請求したい場合、まずは投稿者を特定する必要があります。しかし、SNSや掲示板では匿名での投稿が一般的であり、簡単には特定できません。
そこで、プロバイダ責任制限法では、被害者が投稿者の情報(IPアドレスなど)を事業者に開示請求できる仕組みを整えました。ただし、開示には裁判所の手続きが必要なため、時間がかかるという問題もありました。
「情報流通プラットフォーム対処法」への改正の背景
インターネットの普及に伴い、誹謗中傷の問題はますます深刻化しています。特に、SNSの拡大により、一度拡散された情報は短時間で多くの人の目に触れるようになりました。その結果、被害が広がりやすくなっています。
また、プロバイダ責任制限法は約20年前に制定された法律であり、現在のインターネットの環境には十分対応できていないという指摘もありました。例えば、SNSのアルゴリズムによって特定の投稿が拡散しやすくなることや、AIによる自動投稿の増加など、新たな課題が生じています。
こうした背景から、政府は法律を改正し、新たに「情報流通プラットフォーム対処法」を制定しました。この法律では、プラットフォーム事業者の責務が強化され、より迅速な対応が求められるようになりました。
「情報流通プラットフォーム対処法」とは
改正によって、プラットフォーム事業者に対する新たな義務がいくつか追加されました。主なポイントを見ていきましょう。
1. プラットフォーム運営事業者の指定
今回の改正では、すべてのウェブサービスが対象になるわけではなく、特に影響力の大きいプラットフォームやウェブサービスの事業者が「大規模特定電気通信役務提供者」として指定されることになりました。
対象となるのは、一定の利用者数を超えるSNSや動画共有サービス、検索エンジンなどが想定されています。これらの事業者には、誹謗中傷の投稿削除や透明性確保の義務が強化され、従わない場合には勧告や罰則の対象となります。
2. 勧告、罰則等の新設
従来のプロバイダ責任制限法には、誹謗中傷の投稿を放置した場合の罰則がありませんでした。そのため、事業者が対応を怠っても法的な強制力が弱く、被害者救済が遅れる原因となっていました。
改正後は、政府が事業者に対して「勧告」できる仕組みが新設されました。例えば、違法な投稿を放置している事業者に対し、速やかに対応するよう求めることが可能になります。
さらに、勧告を無視し、対応を怠った場合には、罰則が科される可能性もあるため、事業者の対応がより厳格化されます。
3. 迅速な対応と通知
事業者は、被害申出を受けた場合、できるだけ速やかに調査を行い、その結果を申出者に通知する義務があります。これにより、これまで対応が遅かった問題が改善されることが期待されます。
4. 削除基準の公表と透明性の確保
誹謗中傷の投稿が削除されるかどうかの基準を事業者が明確にし、公表することが求められます。さらに、削除の運用状況について定期的に報告する義務もあります。
まとめ
今回の法律改正により、誹謗中傷への対応が強化されることになりました。しかし、どこまでを「誹謗中傷」と判断するのかという問題や、海外のSNSや掲示板への対応など、課題も残されています。
今後は、これらの課題にどう対応していくのかが、政府や関係機関の重要なテーマとなるでしょう。
インターネットは、情報を自由に発信できる便利なツールですが、その一方で誹謗中傷の温床にもなっています。今回の法律改正は、こうした問題に対応するための大きな一歩です。
法律の整備とともに、私たち一人ひとりが責任を持って発信することも重要です。健全なインターネット環境をつくるために、意識を高めていくことが求められます。
