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政治ドットコムインタビュー【総務省インタビュー】SNSの誹謗中傷を防ぐための「プロバイダ責任制限法」改正の裏側

【総務省インタビュー】SNSの誹謗中傷を防ぐための「プロバイダ責任制限法」改正の裏側

投稿日2024.8.30
最終更新日2024.08.31

インターネット上の誹謗中傷をはじめとする違法・有害情報に関する相談件数は高止まりの状況が続いています。これを受け、総務省・有識者会議では制度整備案が2023年12月に示され、今年5月の通常国会で「プロバイダ責任制限法」が改正されました。法改正により、法律名の略称も「情報流通プラットフォーム対処法」と改められます。 

今回のインタビューでは、「プロバイダ責任制限法」の改正に尽力した、総務省 情報流通行政局情報流通適正化推進室の木村課長補佐に、インターネット上の誹謗中傷防止へのこれまでの取り組みや今回の改正のポイント、今後の展望を伺いました。 

(取材日:2024年7月31日)
(聞き手・文責:株式会社PoliPoli 井出光)

総務省 木村美穂子課長補佐インタビュー

木村美穂子 総務省 情報流通行政局 情報流通振興課 情報流通適正化推進室
2016年総務省入省。情報流通行政局情報通信作品振興課、同局衛星・地域放送課、国際戦略局国際経済課多国間経済室WTO・EPA係長、総合通信基盤局電気通信事業部利用環境課課長補佐などのポストを歴任。2023年よりインターネット上の違法・有害情報への対策に関する業務を担当。

インターネット上の誹謗中傷等の相談件数は高止まり 

―インターネット上の誹謗中傷の現状を教えてください。どれくらいの相談が総務省に寄せられているのでしょうか。 

インターネット上の誹謗中傷をはじめとする違法・有害情報に関する相談件数は高止まりの状況が続いています。違法・有害情報相談センター(総務省支援事業)に寄せられた相談件数は2023年度に6463件となり、過去最多を記録しました。9年連続で5000件を超えている状況です。 

総務省 木村美穂子課長補佐インタビュー

(令和5年度 インターネット上の違法・有害情報対応相談業務等請負業務報告書より)

相談件数が増えている理由として考えられるものの一つはSNSの普及です。最も多い相談内容は誹謗中傷。次にプライバシー侵害です。相談者の方々からは「投稿の削除方法を知りたい」との要望を多くいただいています。 

―これまで総務省はどのような取り組みをしてきたのでしょうか。 

これまで総務省では、①ユーザーのICTリテラシーの向上、②プラットフォーム事業者による投稿の削除等の透明性向上、③発信者情報開示に関する取組、④相談対応の充実の4つの柱を立て、各取組を推進してきました。  

特に2021年の「プロパイダ責任制限法」の改正によって、発信者情報開示請求の手続簡易・迅速化されたことは大きな前進だったと思います。というのも、匿名アカウントに誹謗中傷をされた際に損害賠償請求訴訟を起こすには、まずは相手を特定する必要があるのですが、このハードルが高かった。改正前は、匿名アカウントの発信者を特定するために裁判を2回起こす必要がありました。まずは、プラットフォーム事業者(コンテンツプロバイダ)に対して裁判を起こし、加害者のIPアドレスを開示してもらう。次に、通信事業者に対して裁判を起こし、IPアドレス等もとに契約者情報の開示を要求する必要がありました。そうしてようやく加害者の名前や住所が明らかになり、損害賠償請求が可能になります。 

このように従来は二度の手続きを行う必要があり、被害者側の負担が大きいとの指摘が非常に多かったのです。2021年の改正ではこれを一度にまとめてできる新たな裁判手続を創設し、損害賠償請求が以前よりは簡単になりました。 

法改正で迅速な削除対応と運用状況の透明化を  

2021年の「プロバイダ責任制限法」改正に、課題が残っていたのでしょうか。  

新たな裁判手続きの制度自体は非常によく利用されているので、改正した意義があったと思います。ですが、これはあくまでも損害賠償請求するための制度であって、誹謗中傷の投稿自体が削除されるわけではありません。損害賠償と投稿削除は別の話です。  

行政が投稿削除に関して何らかの義務付けを行うことは、表現の自由を守る重要性に鑑みて、慎重であるべきとこれまで考えられてきました。そこで、まず総務省ではプラットフォーム事業者が違法・有害情報対策にどのように取り組んでいるかをモニタリングすることにしました。各事業者の取り組みが可視化されれば、自浄作用が働き、自主的に取り組みが改善されるのではないかと考えたからです。 

しかし2年間のモニタリングを通じてプラットフォーム事業者の違法・有害情報への取り組みは大きく変わらず、投稿の削除に関して依然として課題が多く残っている状況にありました 

そこで総務省では「プロバイダ責任制限法」の改正へ踏み切ることになりました。「プラットフォームサービスに関する研究会」での議論内容をまとめた「第三次とりまとめ」が2024年2月に公表され、これを受け、2024年5月に「プロバイダ責任制限法」を改正。法律名の略称も「情報流通プラットフォーム対処法」と改められました。 

ー「情報流通プラットフォーム対処法」のポイントを教えてください。 

大規模プラットフォーム事業者に対し、「削除対応の迅速化」と「運用状況の透明化」の2点を義務付ける点です。 

削除対応の迅速化」については具体的に3つの措置を義務付けています。 

(1) 削除申出窓口・手続きの整備・公表すること
(2) 削除申出窓口への対応体制を整備すること
(3) 削除申出に対する一定期間内の判断・通知を義務付けること

3点目が最も重要だと考えています。この措置により事業者はユーザーから削除申出があったら一定期間内に判断をして、申出者に対して結果を通知する義務を負うことになりました。 

「運用状況の透明化」については、まず削除等の基準の策定・公表を求めることになりました。また、プラットフォーム事業者は違法・有害情報対策として、具体的にどのような取り組みをしているかを年に一度明らかにしなければいけません。 

それから、投稿の削除等を行った場合に発信者へ通知することも義務付けられました。これは、表現の自由とのバランスを取るための措置です。発信者側に誹謗中傷の意図はないにも関わらず、その投稿が削除されたり、アカウントが停止されたりするケースが生じているため、どのような理由で削除等が行われたかを発信者に伝えることを義務付けています。

―「義務」ということですが、違反した場合の罰則は。 

「情報流通プラットフォーム対処法」の罰則は、いわゆる間接罰と呼ばれるものです。違反してすぐに罰則が与えられるわけではなく、まずは報告徴求をすることができます。その後勧告をして、その勧告も守られなければ命令します。命令しても遵守されなければ、罰則が与えられます。法人の場合、最大1億円の罰金がされることになりました。 

総務省 木村美穂子課長補佐インタビュー

―今回の法改正にあたり、総務省の「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」でさまざまな議論がされました。議論の中で難しかった点は何でしょうか。 

プラットフォーム事業者に対して、投稿の削除を求めることの難しさを感じました。プラットフォーム事業者は基本的には媒介者であって、発信者ではありません。情報の出し手と受け手をつなぐプラットフォーム事業者に対して、どのような規制をかけるのが妥当なのか。そこが難しいポイントだったと思います。 

SNSが私たちの生活に欠かせない存在になってきている中で、行政としてどのような対応をすべきか非常に苦慮しました。 

被害者救済と発信者の表現の自由の間でバランスが求められる中で、ワーキンググループでは、有識者の先生方から実務の状況や諸外国の動向などさまざまな知見をいただき感謝しています。 

ー諸外国のプラットフォーム規制の状況はどのようなものなのでしょうか。また、日本の「情報プラットフォーム法」との共通点や相違点を教えてください。 

プラットフォームへの規制についてはEUが特に先行しており、「デジタルサービス法」の下、様々な義務を課しています。今回の法改正に当たり、EUの取り組みも参考にしましたが、EUで実施されている内容をそのまま日本に持ってくればよいわけではありません。日本の文化や社会的事情を考慮する必要があります。 

例えば削除申出に対する通知は「デジタルサービス法」と「情報流通プラットフォーム対処法」に共通していますが、EUでは行政当局への応答義務を課すなど、踏み込んだ規律が様々盛り込まれています。これらの点についてワーキンググループでの議論を経て、表現の自由とのバランスを鑑みて、現時点においては日本では慎重であるべきという結論に至りました。 

また、削除申出への判断・通知を「一定期間内」と定めているのは日本独自のルールです。EUの「デジタルサービス法」では「遅滞なく」と表現され、期間を定めていません。日本では、被害者の方々迅速な対応を求めていることを考慮して、今回の改正では「原則一定期間内」と定めました。一定期間がどれくらいなのかについては今後省令で定めていくことになりますが、ワーキンググループでの議論を踏まえると、1週間程度が目安になるかと思います。  

法律を扱う者として、バランス感覚が大切 

総務省 木村美穂子課長補佐インタビュー

―今回の法改正で議論が残った点はありますか。  

個人としては、法律の内容でもっとこうすればよかった、という点は特にありません。 

ただ、今回の法案に対して、物足りないと感じている方もたくさんいらっしゃるとは思います。SNSなどで誹謗中傷を受けた方からすれば、もっと厳しく規制してほしいと感じるかもしれません。一方で、国が何かを規制する際には、細心の注意を払って行う必要があると考えています 

法律は一度成立すると簡単には取り消すことはできず、国民生活に大きな影響を与えます。その重みを前提に丁寧な姿勢で法案の作成に臨むことが、法を扱う者の責任だと思います。 

もちろん、社会のためにやるべきことはやらなければいけない。時には大胆さも大切です。だからこそバランス感覚を持ち続けることに尽きるのかなと。様々な立場の人の話を聞いて課題解決を進めていくのが、行政の仕事です。誹謗中傷の被害にあった方の声は行政にも届いていて、何とかしたいと思っていました。とはいえ行政が過剰に規制をかければ、言論統制にも繋がりかねず、本当に声を上げたい人が上げられない環境になる恐れもあります。 

だからこそ法案作成は、行政としてするべきことは何かを常に悩みながらの作業になりました。私としては政府としての立場の重みを踏まえながらバランスが取れ、かつ実効性のある法律をつくってきたつもりではあります。 

―「情報流通プラットフォーム対処法」は公布されましたが、施行はこれからです。今後の展望を教えてください。 

特にこの法律は運用が非常に重要になります。執行のあり方でこの制度を生かすことも殺すこともできます。 

「情報流通プラットフォーム対処法」は2024年5月17日に公布されました。施行されるのは公布から1年を超えない期間内。各所から「早く施行してほしい」という声をいただいているので、なるべく早く施行できるように尽力したいと思います。一方でせっかく作った制度ですので、社会にとっていいものとなるように、最後のところを詰めていかなければいけません。 

有識者の声から被害者の声、プラットフォーム事業者の声まで、みなさんの声を聞きながら、省令やガイドラインを作っていきます。この法律に対する社会の期待は大きいと思うので、しっかりと期待に応えられるようにしたいです。 

この記事の監修者
政治ドットコム 編集部
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