政府は「新しい資本主義」の柱の一つとして「スタートアップ育成5か年計画」を立ち上げ、2022年を「スタートアップ創出元年」として新規開発支援などさまざまな支援策を進めています。
2019年から経済再生担当大臣・コロナ対策担当大臣、2022年から経済産業大臣を務める西村康稔議員にスタートアップ政策の重要性と今後のポイント、そして政治家として日本の経済への思いをお伺いしました。
(聞き手:株式会社PoliPoli 山田仁太、文責:中井澤卓哉)
西村康稔 氏
1962年生まれ。衆議院議員(7期)。
通商産業省(現経済産業省)を経て、2003年初当選。
経済再生担当大臣などを歴任し、
2022年から経済産業大臣を務める。
週に一度はジムでリフレッシュ。
(1)「政治が変わらなければ日本は変わらない」官僚から政治家へ
ー西村大臣が政治を志したきっかけは何だったのでしょうか?
生涯の仕事として、本当に世の中、日本のためになることがしたいと強く考えていたからです。
小中学校の時は、数学が得意だったのでなんとなく医師になろうかという気持ちを持っていました。そんな中、中学3年生から高校1年生の頃に、地元の兵庫県明石市の駅前で政治家の演説を聞く機会があり、その頃は「新党ブーム」で「新自由クラブ」などが出てきたりと非常に世の中が活気づいていたんですね。「政治家というのはこういう世の中を変える力があるんだ」と実感し、文系にシフトしました。
ーそこから官僚になり、政治家を目指されたのですね。
政治家になりたいという気持ちを持ちながらも、きっかけがなかった中で、国のために働くためには、まずは官僚になるのが一番いいと思いました。その中でも経済政策を幅広く担当できる通商産業省(現在の経産省)を選びました。
通産省でさまざまな経験を積む中で、やはり役所の限界や自分のすべき仕事を実現するためには大きな大局観で政治を動かさなければならないと強く実感しました。「政治がかわらなければ、日本は変わらない。政治が国の方向性、政策の指針を示すべし」の信念のもと、政治家を目指しました。
やるからには若いうちにと、1999年、当時37歳で初出馬したのですが、知名度もまだなく、落選してしまいました。そこからコツコツ1年、1年と、結局3年半かけて、10万軒ほどの有権者を回ったりと地道に活動を続けて2003年に初当選しました。
(2)スタートアップの力で経済成長を加速する
ー岸田政権の「新しい資本主義」ではスタートアップ政策が一つの柱に位置付けられています。なぜ、今、スタートアップにも力を入れるのでしょうか?
世の中の大きな変わり目においては、イノベーションが大事で、その担い手の中心がスタートアップだからです。
今、世界ではさまざまな課題が山積していて、その一つ一つが複雑な構図です。
たとえば気候変動という課題に直面する中で、化石燃料を減らさなければならない一方で、代替となる燃料を確保しなければならないという状況です。
また、さまざまな分野でデジタル化を進めなければなりません。たとえば、2020年、コロナ禍の際にデジタル化が行政で進んでいれば、給付金の支給がもっとスムーズにできたなど、多くの反省があります。
今まさにこうした変革が求められている中で、過去にとらわれることなく斬新な発想で挑戦していくことが必要です。
ー現在の日本のスタートアップ市場をどう見ていますか?
社会全体で、スタートアップを推し進める「空気」のようなものが大きく変わってきていると思います。
残念ながら、これまではバブル崩壊後、30年ほどのデフレの期間で、売り上げが上がらない・所得が上がらないという状況が続いてました。この間に画期的なものがなかなか生まれてこなかった面もありますし、大胆な投資もできなかった面があります。
ですが、インフレになるとお金を持っていると目減りしますから、積極的に投資をしなければなりません。グリーン投資やデジタル投資など、日本の大企業も投資する、消費者も消費・投資するという雰囲気がスタートアップにとってもチャンスで、どんどん挑戦できる環境になっていると思います。
ー日本のスタートアップ市場は、海外と比較するといかがでしょうか?
アメリカや中国、ヨーロッパに比べて、これまでのスタートアップへの投資額はまだ桁が違いますが、日本がイノベーションを起こせない、ということでは全くないと思っています。日本はエンジンがかかると発展が早いですから。これからどんどんユニコーンやデカコーン(※)と呼ばれるようなスタートアップが出てくると期待しています。
グローバル展開という点で話をすると、私は経済産業大臣になってこの1年と少しの間で海外出張を積極的に入れ、すでに地球7周半しているのですが、必ずスタートアップを連れていくようにしています。延べ100数十社が同行してくれていて、それぞれの地域でビジネスマッチングのきっかけが生まれるということがあります。
そういう意味では、経産省や日本貿易振興機構(ジェトロ)など、役所側の意識も、スタートアップに積極的に投資したり、チャレンジしようとする企業を応援していこうという雰囲気に変わってきています。それらのチャンスを利用しようというスタートアップがこれだけ出てきているということで、グローバルな展開という面でもやはり変化が少しずつ出てきていることを感じています。
※デカコーン:ユニコーン企業の10倍(100億ドル)以上の企業評価額が付けられているスタートアップやベンチャーなどのこと
(3)「スタートアップ育成5か年計画」の現在と課題
ー「スタートアップ育成5か年計画」を2022年から進めています。1年が経った今、現状と見えてきた課題は何でしょうか?
そうですね、「スタートアップ育成5か年計画」では、補正予算など合わせて1兆円の予算を確保しました。その対象は、ディープテック(Deep Tech:科学的な発見でインパクトのある技術のこと)から創薬もありますし、バイオものづくりなど幅広いです。「S B I R(※)」という形で研究開発型のものについては、経産省の予算だけで約540億円の予算もあります。
この1兆円の予算を今使い始めてるのですが、たとえば創薬ベンチャーの3500億円の予算のうち、まだ150億円の執行ですから、20分の1ですね。バイオものづくりも3000億円の予算のうち300億円の執行ですから、まだ10分の1ということで、もっと加速して予算を使いながら進めていきたいと思います。
※SBIR(中小企業技術革新制度):政府が中小企業による研究技術開発とその成果の事業化を一貫して支援する制度
ー日本のスタートアップにどういう役割を期待していますか?
日本全体のイノベーションを起こしていくということと、地域の活力になる、という両面で大いに期待したいです。
スタートアップには、やはりイノベーションの中核、原動力になってほしい。もちろん、大企業が投資をし新しいことに挑戦していくことも、もちろん歓迎しますし、大企業から飛び出して起業してみようというのも歓迎したいですし、大学や学生、あるいは先生が自分の技術で新しいことを始めることも歓迎します。やはり、「新しい発想で挑戦する」。その原動力をスタートアップの皆さんに期待しています。
地域の活力という面では、たとえば今、半導体の投資もものすごい勢いで行われています。
台湾のTSMCを中心に九州全体で盛り上がっていて、人材育成も広がる中で、自分でやってみようという人も出てきています。北海道にはRapidusという会社ができますし、日本各地で半導体、電池関連の投資が進んでいますので、地域と大学などの技術との融合だったり、新しい発想が広がっています。
(4)躍動感のある社会をつくる:政治家としての展望
ー西村大臣が政治家として実現したいことは?
短期的な目標の1つは、この1年で経済の成長軌道を確実にすることです。
これまで停滞した30年だったのがようやく上向いてきたので、これを確実な道にしたいです。たとえば、半導体の投資各地への投資であったり、エネルギーの安定供給と脱炭素化の道筋、そしてEV(電気自動車)もこれからです。
2つ目に、日本が世界で、技術でリードしていくことです。
たとえば半導体の最先端のものをもう一度日本で作っていけるような環境を作ることなどです。また、これは何十年か先の話になりますが、核融合も有望な技術です。大阪大学発のEX-Fusionというスタートアップは2030年頃までに発電したいと言ってくれていて、経産省も支援していますので、こういった技術で世界をリードするということを、ぜひ成し遂げたいですね。
3つ目に、躍動感のある社会をつくることです。自由で開かれた、貿易投資の環境をつくっていきたいと思っています。
世界が平和で豊かであるためには、貿易や投資が自由な環境でなされることが必要です。今の中東情勢を見ても、ガザ地区でテロ組織が活動するのはやはり貧しいからなんですね。イスラエルに比べても10分の1以下の所得水準ですから。世界投資や貿易、経済の力でこうした貧困をなくして、平和で安定的な社会を世界につくっていきたいと考えています。
日本でも格差が広がってきていますが、他国に比べると安定していますので、この安定性や伝統的な文化や価値感も大事にしながら、自由な貿易、いい投資環境をつくって躍動感のある社会にしていきたいと考えています。
こうしたことを担っていくのは若者ですから、若い人たちが活躍できる、全ての若者にチャンスがあるような環境をつくる。私自身もそんなに裕福な家庭ではなく、奨学金で大学に行かせてもらった経験があります。
全ての若者にチャンスがあって、そのチャンスを生かして所得が上がっていく環境をつくる。停滞していた30年分を取り戻すためにも、もっと若い人たちを中心に所得を上げていくことが必要だと思っています。