2023年の出生数は約73万人と8年連続で過去最少となり、少子化が加速しています。また、18 歳未満の児童のいる世帯の8割以上が核家族世帯となる中、妊娠・出産・育児に対し、家族のサポートが得られなかったり、不安や負担感を感じたりすることが課題となっています。
今回は、女性向け妊娠・出産・育児に関する情報/QAサービス「ママリ」を通じて、この課題と10年間向き合ってきたコネヒト株式会社取締役CFOの瀧野氏に、コネヒトが目指す理想の社会の実現と、そのための行政との連携の在り方についてお伺いしました。
(聞き手・文責:株式会社PoliPoli 井出光)
(取材日:2024年6月20日)
瀧野祥生 取締役 CFO(最高財務責任者) 新潟大学大学院自然科学研究科卒業。 アビームコンサルティング株式会社、パーソルホールディングス株式会社を経て、2021年コネヒトにジョインし、経営管理、財務などを担当。 2022年4月CFO、2023年10月取締役CFOに就任。 |
1、「人の生活になくてはならないものを作る」というミッションに立ち返り「ママリ」が生まれた
ー「ママリ」が生まれたきっかけについて教えてください。
実は、創業当初はまったく別のクリエイター向けのサービスを提供していましたが、なかなか事業としてうまくいかずクローズすることに。「ニーズがないところに対してプロダクトを作っても、届けられるものが少ない」という教訓を得ました。そこから「人の生活になくてはならないものを作る」というミッションを新たに掲げ、生活系の情報メディアに方向転換しました。
2013年まで「健康生活ラボ」という総合生活系メディアを展開していましたが、その中で「陣痛タクシー」など、出産・育児に関する情報のニーズが高いことに気づきました。そこから「ママの生活になくてはならないものを作ろう」と考え、「ママリ」を開発しました。おかげさまで、「ママリ」は今年度で10周年を迎え、アプリ会員数は350万人を超えるところまできました。
ー「ママリ」リリースから10年で、育児を取り巻く環境も変わってきたと思いますが、サービスにはどのような変化がありましたか?
まず「育児を取り巻く環境」という観点でいうと、「ママリ」のコミュティの中で飛び交う発言のニュアンスが変化してきています。サービスとしての機能やコアなところについては基本的に変わりませんが、ユーザーの拡大に伴い、届けられる情報の幅や深さに広がりがでてきたと感じています。
ユーザー数が増え、扱う情報にも広がりが出てくるのに合わせて、悩みの種類やテーマ、あるいは地域ごとなど、カテゴライズしてユーザーが自分の欲しい情報にたどり着きやすくする工夫を常に行っています。
情報がたくさん集まってきたことで、より1人1人の悩みや知りたいこと、地域性などにカスタマイズした情報が届けられるようになってきています。
ー「ママリ」を運営するコネヒトが目指す社会はどんな姿でしょうか?
中期的な目標として、「希望出生数と予定出生数のギャップの解消」を掲げています。子どもを持ちたいと思っても、なんらかの理由で実際には希望の人数の子どもが持てていないという現状があります。このギャップを解消することで、「子どもを持ちたいと思う人々が、実際に希望どおりの人数の子どもを持てる」社会を目指していきたいと考えています。
このギャップを解消するための課題について、我々は4つを挙げています。
まずは経済的な課題。年代別所得がどんどん下がる一方で、物価は上がり、可処分所得が減っています。自分の生活に精一杯で、子どもを持つことが実質的に困難になっています。
2つ目は、不妊という課題。いわゆる女性の社会進出の進展と、それに伴う晩婚化・晩産化の影響です。子どもを持ちたいと思った時に、なかなか子どもが授かれなかったり、十分に健康的な状態で子どもを望むことが難しい年代にさしかかったりしています。
3つ目は、育児負担の重さです。実際に第一子が生まれて育児を始めてみると、核家族化の進行や女性の社会進出、パートナーが育児に協力的ではないなど様々な要素から、「もともと子どもは2人欲しいと思っていたけれども、1人で手一杯なので2人目はやめておこう」と諦めてしまう。
最後4つ目は、社会の雰囲気、社会機運です。育児・介護休業法の改正をはじめとする男性の育休取得推進など、制度も含めて徐々に変わってきてはいますが、いわゆる「とるだけ育休」が増えて育児の分担が進んでいない。あるいは子連れで電車に乗ると窮屈な思いをしてしまうとか、子育て世代が社会に歓迎されていない、社会機運が成熟していないことが課題としてあると考えています。
2、理想の社会実現を目指したときに見えてきた、行政との連携の在り方
ーコネヒトは自治体との連携にも力を入れています。どのようなきっかけがあったのでしょうか?
これまで「ママリ」を中心に事業を展開してきましたが、改めてこの課題に向き合おうとした時に、ユーザーないしユーザーの先にいるクライアント企業様と向き合うだけでは難しいと感じました。そして、「この4つの課題に向き合っている組織ってどこなのだろう?」と考えたとき、国や自治体との連携が必要だと感じました。
例えば経済的な課題でいうと、出産子育て応援交付金や幼児教育の無償化。子どもを授かるための健康という面では、不妊治療も含めた保険適用の拡大。また育児負担に関しても、昨年から法令で義務化された産後ケア事業なども行政が主体となって進めている。さらに社会機運の観点でも、男性育休に対し助成金を支給するだけでなく、セミナーを開催するなど、すでに自治体や行政もしっかりこれらの課題に向き合っているのだと再認識しました。
その上で、だったら同じ課題感、事業ビジョンを持つ我々としても「自治体と連携する」ところを増やそうという考えに至りました。
最初の事例は佐賀県との連携です。平日の朝8時から夕方5時は自治体の相談窓口が開いていて、必要に応じて電話や対面、訪問で助産師さんなどがサポートしてくれるような施策が打たれています。しかしどうしても24時間365日というわけにはいかない。そこに対してオンライン上で、ママ同士のQAコミュニティである「ママリ」が、行政だけでは手の届かない部分を補完するというものです。
当時担当してくれた県の職員の方が「ママリはママのお守り」と形容してくださっていた事が印象に残っています。何かあった時にいつでも、気軽に悩みを打ち明けられる空間がママリの強みだと考えています。
ー自治体・行政との連携を始めてどんな変化がありましたか?
こうして自治体と連携をしていく中で、子育て支援というものの在り方の中に、「ママリ」の強みでもある「互助」という考え方が、「公助」を補完する機能として台頭してきたなと感じています。
今年度は、別の県との連携も決定し、そこでも「ママリ」が行政の子育て支援を補完する公式アプリとして認定されました。「ママリ」としても単なるサービスや事業から、子育て支援策の一つという位置づけにステージアップした感があります。
ー自治体との連携が広がっていく中で、国や政府に対するアプローチについてはどのように考えていますか?
目の前の動きで言うと「ママリ」のコミュニティに集まる膨大なデータを有効活用するために、これをしっかり国や政府に届けていくということに注力しています。具体的には、必要な人に、必要な情報を、必要なタイミングで届けるという「プッシュ型配信」に関する政策があるのですが、ここから関与をはじめています。
公的支援の課題の一つに、「3つのそびれ」というのがあります。
1.「知りそびれ」
2.「申請そびれ」
3.「もらいそびれ」
という意味なのですが、我々がプッシュ配信に関与することでこの「3つのそびれ」解消に貢献したいと考えています。
例えば江戸川区の方であれば、国や都の制度はもちろん、江戸川区独自の支援制度も含めて、その人に必要な情報を、その人の状況やタイミングに合った形でお届けする。こういうことを、日常で使っていただいている「ママリ」の中でやりたいと考えています。
こうした動きは、我々も所属するこどもDX推進協会を通じて政府に提言し、実際にこども家庭庁をはじめとする中央省庁が政策に反映してくれているところです。
ー政策提言など、いわゆる行政との渉外はどのような体制で行っているのでしょうか?
「ソーシャルコネクト部」という部署が自治体への働きかけや協働も含めて一手に担っています。自治体営業や開発、プロダクトマネジメント、広報も含めて15名体制です。当初は新規事業に関与するメンバーが兼務しているような状況でしたが、しっかり部署として整備したのは昨年度です。岸田総理の「2030年までが少子化反転のラストチャンス」というメッセージやその背景にある急速な少子化進行を受け、市場や社会も大きく動く兆しを捉えたことが最大の理由です。
ちょうどこの時期からPoliPoliさんにもお手伝いいただくようになり、大変感謝しています。政治・行政への働きかけと言ってもPoliPoliさんに入っていただかなければ、何を誰にどう持っていけば良いのかまったくわからず…、いろんな歯車が回り始めるきっかけを作っていただきました。小倉將信 前こども政策担当大臣にお会いできたことも印象に残っています。
ー実際に国や政府、ルールメイキングへの関与という部分での苦労、感じたことをお伺いできますか?
実際にそうした働きかけをしてみて感じた部分でいうと、ルールメイキングに関与していきたいのであれば、事業者としての実績を伴わなければ無意味だとも痛感しました。改めて、地に足を着け、自治体との取り組みや実証実験をしっかり進めていくことが重要だと気付くことができました。
こうした地道な取り組みを続けてきたことで、各方面から弊社の取り組みや「ママリ」についての認知が少しずつ広がってきたという実感も持っています。まだ連携していない自治体さんからも、「ママリ」に集まる生の声を集約・分析した子育て支援レポート(※)を見たいとおっしゃっていただいたり、「ママリのチラシを配りたい」といった声を多くいただけるようになりました。
※効率的・効果的な事業計画の策定に役立つ子育て支援レポートの無償提供を開始
https://connehito.com/news/reportforgov1/
3、子育てDX業界の課題は「協調領域」の加速
ー改めて、コネヒトがこれから目指すところを聞かせてください。
今回のインタビュー全体のテーマにも繋がるのですが、「ママリ」が「互助と公助の橋渡し」役になっていければ良いなと考えています。
いわゆる子育て世代は可処分時間に対して強烈に制約を受けるんです。とにかく時間がない。そんな中で、国や都道府県、市町村がそれぞれ用意してくれている支援策の情報を上手に受け取ることは容易ではないし、発信者がいくつもあると効率も悪い。それは非常に勿体ないことだと感じています。
そこで、忙しい生活の中で使っていただいている「ママリ」が、自治体と子育て世代を繋ぐ結節点になっていければ良いなと考えています。また行政からの情報を上手に届けるだけでなく、子育て世代の生の声を吸い上げたり、あるいは「ママリ」の互助機能が、公助でカバーしきれない部分を補完するなど、双方向の意味で、「橋渡し」をしていきたいです。
ー最後に、コネヒトも含めた子育てDXを巡る業界全体としての課題感や今後の展望について教えてください。
業界としての政策提言や実証実験なども進んできていますが、「競争領域」と「協調領域」の線引きがまだまだ難しいと感じます。
お互いに競合として切磋琢磨しながら高め合っていくべき部分と、手を取り合い、補完し合って一緒に子育て施策を盛り上げていくべき部分があったときに、後者の「協調」の部分に課題感があります。各行政の支援策も、その届け方も、多様性があって良いと思っていますが、連携がまだ上手くできていない。
そうした課題がある中、こどもDX推進協会では委員会や各種プロジェクトを立ち上げています。弊社は、昨年度からプッシュ配信サービスのプロジェクトチームなどに参加しています。具体的には東京都とGovTech東京の2団体で、都内の自治体における制度をオープンデータ化し、レジストリ情報として整備をして、その情報を基に民間事業者がプッシュ配信をシームレス且つリーズナブルにできる状態を作るという実証実験が走り始めています。
現在は、瑞穂町、町田市、江戸川区、千代田区、豊島区、葛飾区などの自治体で先行実証を行っており、民間事業者側は弊社を含め子育て支援アプリを提供する9社が参加して、プッシュ配信を行っています。こういった企業の枠を超えた取り組み、「協調」の取り組みが今後より増えていくだろうと考えています。