グローバル経済下において企業活動や日々の暮らしに必要なモノは世界中から供給されるようになりました。しかし、国際紛争やパンデミックなど世界情勢の不安定化によって、供給がストップすると私たちの企業活動や暮らしに大きな影響を与えるようになっています。経済安全保障の重要性が提起されるようになり、政府は2022年に経済安全保障推進法を成立させるなど、対策を推進しています。
今回のインタビューでは自民党・経済安全保障推進本部の本部長を務める甘利明議員に、これからの日本の経済安全保障政策の展望と戦略についてお伺いしました。
(聞き手・文責:株式会社PoliPoli 中井澤卓哉)
(取材日:2024年6月27日)
甘利明(あまり あきら)議員
1949年生まれ。神奈川県厚木市出身。1983年衆議院議員初当選(13期)。
自民党幹事長、経済産業大臣、経済再生担当大臣などを歴任。
好きなものはスイーツ。
「政策の中の政策」経済産業政策にかける想い
ー甘利議員が政治家を志したきっかけは何でしたか。
父・甘利正の存在が大きな影響を与えています。父は戦後最年少となる32歳で依知村(現在の厚木市)の村長に当選し、36歳で県議会議員に当選しました。ネクタイもせず、ヒゲもぼうぼう。議員バッジもつけなかったので、政治家としては少し異端だったと思います。それでも父は「弱きを助け、強きをくじく」を体現する政治家でもありました。親分肌で、周りに常に人が集まってきていたことをよく思い出します。
そんな父も衆議院選挙ではなかなか当選できませんでした。「今の時代には父のような政治家が必要なのになぜ当選できないのだろう」、「まっすぐ社会のことを考え、行動する人が評価される世の中を作りたい」と思い始めたことが政治の道に関心を持ちはじめたきっかけです。
思い返すと自信過剰だったかもしれませんが、25歳で勤めていたソニーを辞め父の秘書に、34歳で当選。選挙は厳しかったです。7キロ痩せました。それでも「死んでも勝つ」と自身を鼓舞し、なんとか政治家デビューすることができました。
ー当時はどういった分野の政策に注力したいと考えていたのでしょうか。
当選直後から経済産業政策をライフワークにしようと決めていました。
防衛から社会福祉まで政策分野は数あれど、これらの政策を実施するためには予算が必要です。その予算そのものを生み出せるのは経済産業政策しかありません。経済産業政策こそ「政策の中の政策」だと考え、取り組むべきだと思っていました。
「日本は技術で勝つがビジネスで負ける」とよく言われます。そこで日本が持つ先端技術の力を国力に結びつけるための戦略を描きたいと考えました。最初に注力した分野が知的財産戦略でした。
この点に関心を持ったのは前職にソニーでシステム営業をしていたことも影響しています。当時からソニーは世界トップクラスの技術を誇る大企業でしたが、競合他社に負ける姿を目の当たりにしてきたのです。
たとえば1970年代ビデオの規格をめぐって、ソニーの「ベータマックス」はビクターの「VHS」に負けました。コンテンツ力の差が大きな敗因です。技術力の良し悪しのみならず、「市場が受け入れたものが良いもの」であり「良い技術が必ず勝つとは限らない」ことを学びました。高い技術と市場戦略が両立しなければ、経済戦略はワークせず国力につながりません。だからこそ技術を磨くだけではなく、それを取り巻く国際標準などのルールも整備する必要がある。この視点に立ち、経済政策を進めてきました。
経済安全保障で日本が世界をリードするための道筋
ー甘利議員は現在、経済安全保障政策に注力しています。なぜでしょうか。
経済安全保障を推進することはデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)が進む社会にあって日本の国益を守り抜くために必要だと考えているからです。
DXの実現は社会全体の仕組みが「電子制御型」になることを意味します。これは単純にスマートフォンやエアコンなどの電子機器の性能が上がることだけを意味しません。社会全体がデジタルの力で動くために仕組み全体がデジタル化する。当然、半導体の需要も増加することになるため、半導体産業にも取り組んでいるのです。
経済安全保障の考え方が必要な分野は半導体などのハイテク分野に限らず、生活に身近な民生品にまで広がっています。コロナ禍で話題になった私の発言があります。それは「日本殺すにゃミサイル要らぬ、マスク一つもあればいい」です。コロナ禍で日本ではマスクの流通が滞りました。マスク供給を海外の政治リスクのある国に頼っていたからです。供給が滞ることによって国家危機に直結するものも存在し、まさに「経済は武器化」しているのです。
ー世界各国と比較して日本の経済安全保障のレベルをどう見ていますか。
今や経済安全保障も国際用語となり、「経済が武器化」することに対して、どう向き合うのか真剣に各国が考えています。日本も世界に先駆けて法体系を整備し、今の世界のスタンダードになった経済安全保障の概念を作ってきたと自負しています。
ただ日本は国際社会に比べ実務レベルで遅れをとっていると言わざるを得ません。経済安全保障に対する必要性が喚起されてきたことも最近で、私自身、経済安全保障や半導体戦略に取り組もうと周りに提案した時も最初は「甘利さんがわけのわからないことを始めた」と変人扱いでした(笑)。
ー今後の日本の経済安全保障政策のポイントは何でしょうか。
経済安全保障を構築する上でのチョークポイント(choke point:戦略的に重要なポイント)を把握することです。経済安全保障を確立するためには、世界の中でのチョークポイントを先取りする積極性と自国のチョークポイントを洗い出し克服し、自律性を確保しに行く「攻めと守り」の戦略が必要です。その中の最重要が半導体です。
これからの時代、半導体を制する国が世界を制すると言っても過言ではありません。半導体の供給において日本が技術力をもちプレゼンスを確保することで、各国に「日本と断絶したら大変なことになる」と思わせることが日本の安全保障につながります。
日本は半導体を供給できる国にならなければいけない
ー世界の半導体市場において日本がリードしていくために必要なことは何でしょうか。
必要な半導体を生産し、供給できる国になることです。
これからの世界の国々は半導体を生産できる国と供給を受ける国で明暗が別れていくことになるでしょう。供給を受けざるを得ない国になれば、経済安全保障上の、脆弱性を抱える国になります。
今やAI技術をはじめ、自動運転や量子技術に至るまで最先端技術は半導体がなければ絵に描いた餅です。ただAIを筆頭に先端技術は莫大な電力を必要とするため、電力消費にも配慮された半導体の開発が必須です。その中で今後のカギとなるのが「高効率AI半導体(AIの処理を効率的に行うために設計された半導体)」やその先の光半導体(電力使用量が従来の100〜200分の1になる半導体)の技術です。
AI半導体の開発を進めるのがRapidus株式会社(以下、ラピダス)です。政府はラピダスの新工場にすでに総額9000億円以上の支援を行っています。周りからは「そんなに大きな公金を投じて大丈夫ですか?」と聞かれますが、私から言わせれば、このプロジェクトに挑戦しなければ、日本は最初から負け組になりますよ。
光半導体の開発技術では、NTT(日本電信電話株式会社)が世界の先頭を走っています。NTTでは光電融合技術を用いた次世代通信基盤である「IOWN(アイウォン)」の開発が進んでいて、なんとしても完成させないといけません。だからこそ私はNTTの完全民営化に向けて全力を挙げています。経済安全保障と半導体戦略、NTT法改正はすべてつながっています。誤解されることも多い分野ですが、着実に前に進める覚悟です。
甘利議員の政治家としてのグランドデザイン
ー甘利議員が政治家として成し遂げたいことは何でしょうか。
イノベーションがどんどん湧き出る国を目指したい。研究者と投資家が連携し、新規事業の創出が続々と起こるエコシステム(生態系)を作ることが私の最後の夢です。
これを実現するためには最先端の研究成果をビジネスにつなげる動きを作るハブが必要だと考えました。それが「グローバル・スタートアップ・キャンパス構想」です7000坪の防衛省施設跡地(東京・恵比寿)に世界最先端のスタートアップエコシステムを創出する試みです。マサチューセッツ工科大学やスタンフォード大学など世界の名門大学が東京に研究室を設け、国際的に活躍する研究者が東京に集結することを目指します。プロジェクトは現在キャンパス内の建物を設計する段階に入ってきています。未来を感じさせる快適な研究環境を作れるような設計にしたいですね。6年前に構想が始まったこのプロジェクトの施設オープン予定は数年後。東京でイノベーションのエコシステムが回る様子を政治家として見届けたいです。
ーワクワクしますね。最後に、読者にメッセージをお願いします。
「グローバル・スタートアップ・キャンパス構想」も最初は周りから「甘利さん、何考えてるの」と反応されるような突飛なアイディアから始まったものでした。しかし、数十年後の世界を見据えて何を始めるかを考えたとき、東京にイノベーションのハブを作らなくてはいけないと思ったのです。
政治家にとって「洞察力」は重要な資質の一つです。とにかく先回りして未来を想定し、バックキャストし、今から備える。そのためには柔軟な発想が不可欠です。
20代から30代はクリエイティブな発想ができる。だから「人と違う」「突飛だ」と思われることを決してマイナスだと思わないでほしい。私もこれまで散々「またわけのわからないことをやっている」と周りから言われてきました。しかし人と違うことを考えようという発想は、時にブレイクスルーにつながります。のちの時代、成果が出てくるにつれ「時代が甘利についてきた」と評価されます。人と違うということは武器なのだと、創造性を豊かに堂々と世界で活躍してほしいです。