私たちが日々口にしている農作物。今年の夏には全国的にコメの供給不足が起こり、食料の安定供給への国民の関心は高まっています。
「食料・農業・農村基本法」の25年ぶりの改正が2024年6月の通常国会で可決、成立し、公布、施行されました。農産物や農業資材の安定的な輸入を図るほか、農業法人の経営基盤の強化やスマート技術を活用した生産性の向上などに取り組むことが盛り込まれています。
この改正の背景や意義、日本の農業をとりまく環境について、高橋光男農林水産大臣政務官にお伺いしました。
(取材日:2024年9月4日)
(聞き手・文責:株式会社PoliPoli 井出光)
高橋光男(たかはし みつお)農林水産大臣政務官
兵庫県生まれ。外務省を経て、2019年公明党参議院兵庫選挙区で初当選(1期)。
2023年9月より現職。趣味は朝のジョギング。
日本の農業を取り巻く厳しい環境
ー現在の日本の農業を取り巻く環境をどのように見ていますか。
大変厳しい状況にあります。人口増加や気候変動、繰り返し発生する紛争などによって、日本への食料の輸入も不安定になるリスクを常にはらんでいます。一方、国内では人口減少と少子高齢化が進み、農業の担い手が減り続けています。
今から20年後には農業従事者が現在の4分の1、約30万人まで減ってしまうとみられています。
社会構造の変化によって、食料をめぐる新たな問題も発生しています。たとえば食品アクセスに格差が開いています。高齢者や単身世帯が増える中で地元の商店街やお店が廃業することで、過疎地域における「買物困難者」だけでなく、都市部でも食料品の購入や飲食の不便を感じる方が増えています。
北海道フードバンクネットワーク代表との懇談 2024年9月(農水省提供)
直近では8月から9月にかけて全国的なコメの品薄が続きました。
背景には昨年夏の猛暑の影響でコメの流通量が減ったことや、南海トラフ地震に関する臨時情報を受けて家庭用備蓄のために需要が一時的に増えたこと、お盆で物流が停止する時期にあり、新米が出回り始める前のタイミングと重なったことなどの要因が重なっています。
ただその前提にはコメの生産と需要が減少傾向にあることが挙げられます。
ーお米がスーパーなどで買えない時期が続いて驚きました。ニュースでも連日取り上げられ、国民の関心が高かったと思います。
今回のコメの品薄はさまざまな要因が重なったものによるものですが、安定的な供給が損なわれたことは事実で、農水省として真摯に反省しなければならないと思っています。
農水省の第一の使命・責任は「国民への食料の安定的な供給」(設置法第3条)です。原因を究明し、品薄が続く地域に対しては一刻も早く解消するための努力を最大限していく必要があります。再びこのような事態が繰り返されないように今まさに省をあげて対応しているところです。
再発防止策を考える上では食料システムの構築が重要です。全体の状況を見渡した上で、本当に改善するべきポイントを抽出し、政策を打ち出していく機動的な体制整備が必要です。スーパーなどに米が安定的に届くよう、米の出荷、在庫等の状況を把握し、関係団体への働きかけやホームページなどを通じて丁寧かつ分かりやすい情報発信を強化するなど速やかに対処していきます。
25年ぶりの「食料・農業・農村基本法」改正
ー6月の国会では「食料・農業・農村基本法」が改正されました。25年ぶりの改正に至った背景は何でしょうか。
大変厳しい環境にある日本の農業の現状を鑑みて「このままではいけない」との強い思いで「食料・農業・農村基本法」を改正しました。
「基本法」とは、理念を定める法律で、この「食料・農業・農村基本法」は農政の方向性を示す「農政の憲法」とも言われています。改正法では、以下の4理念を新たに掲げました。
(1)食料安全保障の確保
(2)環境と調和のとれた食料システムの確立
(3)農業の持続的な発展
(4)その基盤としての農村の振興
改正の大きなポイントは、「国民一人一人の食料安全保障」を基本理念の中心に据えたことです。
冒頭で話したように人口増や気候変動、ウクライナ情勢などの国際情勢の不安定化により、食料の安定確保が課題になってきました。その中で国として食料安全保障をただ食料確保をすればよいというのではなく、「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、国民一人一人がこれを入手できる状態」と定義し、食料安全保障を確保するための努力を続けることを基本的な方針としました。
農水省「食料・農業・農村基本法 改正のポイント」2024年7月より
ー今回の改正で大きな論点となった部分はどこですか。
当然、一定の時間をかけて、何度も会議を重ねて有識者の方達や現場の農家の方達の声を受け、改正案に集約していきました。先の国会では4法案が「重要広範」に指定され、そのうちの一つがこの「食料・農業・農村基本法」の改正でした。総理大臣が出席する本会議や委員会でも議論をしました。
大きな焦点になったのは、持続可能な農業にするための手立てについてです。農業の担い手がどんどん減る中で、農業に関わる人を増やすための方策や食育、福祉との連携などやるべきことは何かについて議論を重ねました。その上で、消費者にいたるまでの食料システム全体を見渡したうえで、農業に携わる方たちが安定した収入を得られるように環境整備していくことも急務です。
ー今後はこの基本法に基づいて各分野の法律が制定されていく流れでしょうか。
はい。農水省では基本法に基づいて「食料・農業・農村基本計画」を策定していて、現在、改正基本法にもとづく見直しを行なっています。来年の春ごろの閣議決定を目指してまずはこれをしっかりつくっていきます。
農林水産大臣政務官としての1年間のふりかえり
ー2023年9月に農林水産大臣政務官に就任されて1年が経ちました。特にどんなことに注力されてきたのでしょうか。
第一に、現場の声に耳を傾けることを重視して全国各地に足を運んできました。
永田町(国会)や霞ヶ関(省庁)にいると、どうしても現場との距離ができてしまうと感じています。意識して現場の方とコミュニケーションをとり続けないと、本当に必要な政策を打ち出すことは難しい。私の地元・兵庫県でも、全国各地の視察でも、いただいたお声を農水省に持ち帰って何かできることはないか、一つ一つ検討し、書面でお返しするなど丁寧に対応しています。やはり現場の声が一番なんです。
兵庫県稲美町の施設園芸の現場を視察 2024年4月(農水省提供)
その中でも、今年1月に発災した能登半島地震の復興支援は農水省としても、一政治家としても力を入れたことの一つです。政務官に就任して以来、公務・政務合わせて6回の現地訪問を行い、実際に自分の目で農林水産関係の被災状況を直接見て一つ一つの課題に対応してきました。
昨年11月と今年2月には石川県輪島市の「里山まるごとホテル茅葺庵」を訪問しました。被災された方たちの拠点になっていて、今は「のと復耕ラボ」としてみなさんが一丸となって復興に向けて取り組む中で、何をこれからしていくべきかについても直接お伺いしました。現地を離れたあとも、5月にリモート会議でフォローアップさせていただき、6月に再度現地を訪問しました。たとえば「小さな林業」、自伐型林業(じばつがたりんぎょう)という適切な伐採量を確保しながら生計にも役立てる持続可能な林業の形で地域を復興していきたいとの意向を受け、そのための必要な支援について胸襟を開いて話し合い、7月に農水省の地域活性化事業1号候補案件として選定されました。
一方、9月20日からの大雨によって、輪島市や珠洲市などではさらに被害が拡大し「心が折れてしまう」との悲痛なお声をいただいています。被災者の方々にどこまでも寄り添い、能登の一日も早い復旧・創造的復興に向けてこれからも全力で取り組んでいきます。
輪島市の「のと復耕ラボ」関係者と懇談 2024年2月(農水省提供)
もう一つは情報発信です。農水省がどのようなことに取り組んでいるのか、多くの方に知っていただき理解していただく必要があります。食料というみなさんの生活になくてはならないものを司っているのが農水省です。本来その政策も国民に身近であるはず。とはいえまだ国民との距離が遠い部分があるので、農水省の政務官としても、一人の政治家としても初当選以来、SNSを使った積極的な発信を継続し、これからも続けていきます。
高橋大臣政務官のX(旧Twitter)より
ー農水省もYouTubeを使って積極的に発信していますよね。
農水省の公式YouTubeチャンネル「BUZZMAFF(バズマフ)」ですね!
「官僚系YouTuber」として、農水省職員が担当業務にとらわれず、その人ならではのスキルや個性を活かして、日本の農林水産物の魅力や農林水産業、農山漁村の魅力を発信するプロジェクトです。私も二度ほど出演させていただきました。
これは業務として降りてきたものではなく、農水省の職員による自発的な取り組みなんです。他の省庁でもこういった発信が広がっていったらいいと思っています。
ー政治ドットコムの読者にもぜひメッセージをお願いします。
くり返しになりますが、食べ物は本当に我々の生活になくてはならない命の糧です。今は簡単に手に入るにしても、ウクライナ情勢や気候変動などの影響を目の当たりにして将来に対する不安は大きくなっているのではないでしょうか。そのような環境だからこそ、グローバルな視点も忘れず課題を捉えながら、一方でローカル、つまり現場第一で地に足のついた活動を通して、農林水産行政に対して身近に感じていただける発信やコミュニケーションに力を入れていきます。
これからの日本の農林水産業には若い人の発想の力が不可欠です。会社勤めをしていた方が自分の故郷に帰省した際に、「これは可能性のある職業だ」と目覚め、ビジネスとして成功されている方もいます。農林水産業をもっと身近に感じ、魅力ある職業の一つとして知っていただけるような政策の展開や発信を強化し続けていきます。