精神科医でもある阿部弘樹議員は、福岡県議会議員時代に「福岡県における性暴力を根絶し、性被害から県民等を守るための条例」制定を主導し、また国会の場においても小児性愛(ペドフィリア)や性嗜好障害(パラフィリア)について質問するなど、性の問題に取り組んでいます。今回のインタビューでは、日本から性暴力をなくすためにどのような対策が必要なのか、また阿部議員の政治家としての原点もお伺いしました。
阿部 弘樹(あべ ひろき)議員
1961年福岡県福津市生まれ。熊本大学医学部卒業。
熊本県庁、福岡県粕屋保健所、厚生労働省を経て津屋崎町長。
福岡県議会議員(3期10年)、2021年から衆議院議員。
(1)宮司の家に生まれ、医師となったのちに政治の道へ
ー阿部議員は九州の神社の家系に生まれ、その後医師となっています。医師を目指したのはどのような背景があるのでしょうか。
私の生まれは福岡県福津市です。地元はとても田舎で職業の選択肢をあまり知りませんでした。農業や漁業などの一次産業や公務員、医師くらいですかね。限られた選択肢の中で、子ども心に神社の仕事だけで生活していくことは大変だろうと思い、将来は医者になろうと考えました。
熊本大学医学部に進学後は分子生物学を研究していました。大学院一年目のときに書いた論文が著名な医学雑誌に掲載され、オーストリア政府に招かれてウィーン大学にも留学しました。当時は白血球や血管細胞の研究をしていましたね。
その後、親族が精神疾患を発病したことから精神医学に興味を持ち、日本に帰ってからは熊本県庁や福岡県粕屋保健所、厚生労働省精神保健福祉課などに勤務しました。厚生労働省にいたのは2年でしたが、朝から晩まで働いていろいろな経験を積みました。行政に入ったことが、のちの政治家としてのキャリアに活きていると感じます。
ー厚生労働省を退職後、ご地元の津屋崎町長になられています。政治家になろうと思ったきっかけについて教えてください。
中国の古典に「大医は国を医(いや)し、中医は人を医(いや)し、小医は病を医(いや)す」とあるんです。すぐれた医者は、国の疾病である戦乱や弊風(悪い風俗や習慣)などを救うのが仕事であって、個人の病気を治すのはその次であるということです。
医師として、病や人を治すことも大事ですが、やはり政治に取り組みたいと考えました。津屋崎町長選挙に立候補したのは38歳のときです。町長としては若く、選挙戦は大変でした。
若くして町長になることができましたが、悩みはつきませんでした。津屋崎町は福岡県にある海沿いの町で、ウミガメの産卵地として知られているのですが、海岸に打ち上げられるゴミなどで産卵地が荒らされ、ウミガメの数は減り続けていました。ウミガメがいつまでも戻って来れる海岸にしようと「環境課」を「うみがめ課」に改名したんですが、理解してくれない人が多く、かなり批判を受けました。町長は決裁権を持つダイナミックな仕事です。予算を動かせる分、責任も大きかったです。その後、市町村合併後に誕生した福津市長選では、落選したこともありました。精神科医として病院勤務をする中で、やはり政治家として世の中に貢献したいという思いが湧き上がってきました。2009年に福岡県議会議員選挙に立候補してからは、政党政治の道を歩んできています。
(2)社会防衛と加害者の人権尊重は継続的な議論が必要
ー福岡県議会議員時代には、「福岡県における性暴力を根絶し、性被害から県民等を守るための条例」の策定を主導するなど、性暴力問題に熱心に取り組まれています。どのようなきっかけで性暴力問題に関心を持たれたのでしょうか。
当時、福岡県は大阪府についで2番目に性犯罪が多い地域でした。なぜこんなに性犯罪が多いのか疑問に思い、どうにかしたいと考えました。精神科医として臨床の現場で性犯罪を犯した方を診察することもあったのですが、やはり性犯罪は再犯率が高い。その上で子どもへの性犯罪は子どもが声を上げない限り、検挙されづらく、問題視していました。
そこで「福岡県における性暴力を根絶し、性被害から県民等を守るための条例」では、子どもへの性犯罪を行って実刑判決を受けた人が、刑務所から出所するときには住所などを知事に届け出る仕組みを作ったんです。また加害者が性犯罪の再犯防止のための専門的な指導や治療を受ける際に、県が費用を負担することにし、行政が更生に向けた取り組みにコミットメントすることにしたのです。この条例に対して、性犯罪者への処遇が厳しいのではないかと反発する人もいたことは事実です。しかし医師の立場から見ても性犯罪は常習性があり、治療が難しい性質を持っています。アメリカや韓国では性犯罪歴のある人にGPSをつけたり、ホルモン治療を施して性欲を抑えたりする措置が取られたりするなど、はるかに厳しい措置が取られています。私自身、国会でこの問題を何度も取り上げるうちに、厚生労働省もホルモン療法について答弁してくれました。加害者の人権に配慮しながら、性暴力をなくすためにできることについて議論を深めていかなくてはならないと思います。
ー加害者の人権と公益のバランスがとても難しいテーマですね。
社会を防衛するために必要な対策と個人の人権を保護することは時に矛盾をはらむため、難しい議論を巻き起こします。有史以来、古今東西あらゆる社会で議論され、振り子のように世論が揺れ動いてきたテーマです。例えば結核に対する有効な薬がない時代、結核はその感染力の高さと死亡率の高さで「亡国病」「死病」と言われていました。結核はものすごい感染力なので、社会防衛の観点から各地に結核療養所が作られ、患者は結核療養所に送られました。日本の国家予算の約半分が結核療養所に使われていた時代もあります。軍隊の中に結核が流行してしまっては国家安全保障上の危機ですから、個人の人権が一定程度制約されても仕方ない、ということだったんですね。
(3)使命は何かを考え、プロとして職務をまっとうする
ー阿部議員が政治家として成し遂げたいことはなんですか。
これまで町長や県議会議員、国会議員など様々な立場から政治に携わってきました。国会議員は国レベルでしか扱うことができないテーマでも堂々と議論することができる点にやりがいを感じます。国会議員になってからは安全保障や通信の分野も自分なりに勉強し国会の論戦に挑んできました。国会議員は政策づくりのプロフェッショナルです。国会議員になってからは職務に専念するために会食もお酒も止めました。人脈作りには会食も必要かもしれませんが、国会でよい質問をすれば勝手に仲間は集まってきます。若者にはぜひ政治に関心を持ってほしい。そのためにはまず自分が生まれ育った郷土やこの日本を愛する気持ちを持ってほしい。そうすれば自ずと政治にも関心を持つことができるのではないかと思います。