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政治ドットコムインタビュー【中小企業庁インタビュー】地方の事業後継者不足の解決の一手”中小M&A” で何が起きているのか

【中小企業庁インタビュー】地方の事業後継者不足の解決の一手”中小M&A” で何が起きているのか

投稿日2024.4.4
最終更新日2024.08.26

中小企業のM&A(Mergers and Acquisition:合併と買収)は、後継者不足を解決する手段として期待されています。実際にM&Aの件数はこの7年で約13倍にも増えています。

2021年には「M&A支援機関登録制度」が創設され、2023年には3年ぶりに「中小M&Aガイドライン」が改定されるなど、拡大する市場に合わせた政策が動き続けています。

今回のインタビューでは、M&Aの環境整備に取り組む中小企業庁の石澤義治さんに、現在展開するM&A政策や政策に取り組む思いをお伺いしました。

(取材日:2024年3月5日)
(文責:株式会社PoliPoli 井出光)

中小企業庁石澤課長補佐インタビュー1石澤義治 中小企業庁事業環境部 財務課 課長補佐
2009年に経済産業省に入省。主に、成長戦略の策定、M&Aを円滑に進めるための法改正、TPP交渉、新エネ政策、経済領事、コンテンツ産業政策などのポストを歴任。2022年より中小企業庁にて中小企業の事業承継、M&Aや中小企業税制などの業務を担当。

中小企業のM&Aを取り巻く環境変化:件数はこの7年で13倍に

ー中小企業のM&A実施件数が右肩上がりで増えていますね。

そうです。我々が把握している件数だけになりますが、2014年度に362件だったものが2021年度には4917件に増えていて過去最高を更新しつづけています。

中小M&A 実地状況

※2014年度の件数は5社の大手仲介業者の成約件数、2021年度はM&A登録支援制度実績報告の成約件数

ー約13倍ですか!増加する背景には何があるのでしょうか。

日本の企業の経営者の3割が70代以上と、経営者の高齢化が進んでいる状況です。また、黒字廃業の比率は5割超を占め、後継者不在の中小企業は、仮に黒字経営であっても廃業等を選択せざるをえない状況が引き続き残っています。こうした、黒字で経営資源を持つ企業にとって、M&Aは後継者不足の解決の一手になっています。

10年ほど前までは、M&Aに対して「ハゲタカ」のような、買収した企業を潰してしまう手段とのイメージが根強くありました。中小企業M&Aの成功事例が増えるにつれて、M&Aに対するイメージが格段によくなっていると思います。後継者不足に悩む中小企業がビジネスを続ける一つの有力な手段として、M&Aへの認知が広まりつつあります。

ーM&Aのイメージが良くなった理由は何でしょうか。

何か一つの要因を特定することは難しいのですが、ここ数年のM&Aでは以下のような動きが出てきはじめています:

  • 買収してもその法人格(社名)を残し、買収された企業も一体となって成長していくグループ化の動きが増えてきている
  • 元オーナーが会社を売却後も顧問として残っていたり、退職金をもらって再チャレンジできるM&Aの形が増えてきている
  • 「事業承継ファンド」を活用する:一旦承継し、ファンドで運営した後新しい経営者をつなぐ

つまり買収される側の気持ちを「傷つけない方法」が出てきているんですね。いざM&Aで売却してみたら意外と悪くなくてよい結果だった、といった実例が積み上がってきている印象です。

ー中小企業庁も背中を押しているのでしょうか。

中小企業庁としては、円滑な事業承継、事業承継を契機とした経営変化などを支援できるよう、様々な支援策を講じています。

たとえば「事業承継税制」の中で、事業承継時の相続税・贈与税の実質負担をゼロにしています。また、事業継承に関する相談、M&Aマッチングのための「事業継承・引き継ぎ支援センター」を全国47都道府県に設置しています。センターではニーズの掘り起こしから支援までワンストップの対応を行う中で、相談件数、成約件数も増加し、手応えを感じています。

事業継承・引き継ぎ支援センター ワンストップ支援

また、M&Aする際のリスク低減や経費補助のために、準備金税制や補助金、金融面の支援も含めて、様々な支援策を講じています。

政府として、事業者が事業承継やM&Aを進めやすいように環境整備をしていく中で、民間の取り組みとも相まって、足元のような状況を作り出せているんだと思います。

3年ぶりの「中小M&Aガイドライン」改定

中小企業庁石澤課長補佐インタビュー3

ーこれだけM&Aの件数、仲介業も増えている中、2023年には3年ぶりに「中小M&Aガイドライン」が改定されました。中小企業庁ではどういう形で議論されているのでしょうか。

中小企業のM&Aについては「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会」で議論しています。メンバーは税理士や弁護士、会計士といった士業はもちろんのこと、オブザーバーに金融業界、M&A仲介協会など関係団体・企業の方に入っていただいています。

「中小M&Aガイドライン」は、M&A業者の数が増えていく中で、適切なM&Aが行われるよう、その環境整備のために、2020年に策定されました。

2023年の改定ポイントとしては3つあります:

(1) M&A支援機関(仲介者、FA(ファイナンシャル・アドバイザー))の手数料に関する事例の追加
(2) 仲介契約等の締結前の書面による重要事項の説明
(3) M&A支援機関の人材育成や倫理観に関する項目の新設

ーこの改定にはどういう背景があったのでしょうか。

M&Aを支援する業者や機関が増加するにつれて、当初は想定していなかった苦情などが多く発生している背景があります。苦情の内容は、たとえば、「当初想定していた契約とは異なっていた」、「営業でしつこく電話がかかってくる」、「無断で売却金額を下げて掲載された」など様々ですね。

「M&A支援機関登録制度」を作った2021年は、仲介業者、FAの登録数は数百社ほどでしたが、今は約3000社(2998件/2023年11月末時点)となっています。母数が増える以上、当然、苦情の件数も増えてきます。様々なケースに対応できるよう、ガイドラインについても不断の見直しが必要です。

ー政府としてはM&A仲介業者やFAを規制していく方向なのでしょうか。

個人的には、少なくとも現時点では、法律をもって規制する必要はないと考えています。

これからM&Aのマーケットが大きくなる中で、規制でがんじがらめにすると、マーケットがシュリンク(収縮)する可能性もあります。今は、官民が一緒になって、マーケットの力学も借りながら、政府のガイドラインと民間による自主規制をバランスよく講じていくことが重要だと思います。ここは知恵の出し所です。

ガイドラインは法律ではありませんので、罰則をもって順守させることはできません。他方、補助金の申請権利を得るには、ガイドラインの順守を義務とする登録支援制度に登録する必要があり、そのインセンティブをもって、一定の秩序を作っていくフレームワークにしています。合わせて、繰り返しになりますが、M&A仲介協会による民間規制も順次整備・強化されています。

なお、先ほど法規制はないと申し上げましたが、契約違反になれば、当然ながら民法において判断・処理されることになります。

成果の中に発見した課題とこれからのM&A政策

ー中小企業庁が今とらえている課題は何でしょうか。

これまで中小企業庁は「事業承継の円滑化」に力を入れてきました。M&Aの件数が増加するなど、ある程度成果が出てきていると考えています。これからの課題は、事業継承の実施後のフェーズにあります。すなわち、いかに事業の承継後もビジネスとして成功していくか、を支援することです。

M&Aは大事な経営資源を次の世代に引き継ぎ、成長させる一つの手段です。やはりビジネスを継続させる以上、成長し続けることが何といっても重要です。その側面支援をする上での制度設計について考えていくことがこれからの課題ですね。

ー具体的にはどういう支援になってくるのでしょうか。

PMI(​​Post Merger Integration:M&A後の統合プロセス)支援です。

PMIとは

大企業でさえ、M&Aの成功率は「3割」と言われています。買収してシナジー効果を期待していたにもかかわらず、フタを開けてみたら、むしろ業績が悪くなった、というようなケースも結構あるんです。

実際にM&Aした後に、経営者がPMIをそもそも知らない、やりたいがお金がない、やりたいが誰に相談したらいいかわからないといった声もあります。

中小企業を支える地域の金融機関にもPMIのノウハウがたまっていないようです。これまで資金調達やM&A仲介の支援をしてきた一方で、M&A後の経営支援になかなか手を付けられていない。中小企業庁として何か支援できることはないだろうかと、さらに現場の課題を深掘りする必要を感じています。

なお、2022年3月に「中小PMIガイドライン」にてPMIにおいて行うべき事項や必要な体制などを提示し、2023年3月には、当該ガイドラインを解説する動画を公表し、中小PMIガイドラインの周知・普及に努めてきたところです。

また、昨年には実証事業を実施し、支援機関の支援を受けながら、譲受企業にPMIに取り組んでもらい、中小PMIガイドラインの標準的なステップ・取組等を踏まえてPMIに取り組むためのツール及びツール活用ガイドブックを策定しました。併せて、PMIに取り組んだ譲受企業・支援機関の取組事例集も取りまとめました。

“中小アトツギ”に注目!日本経済を活性化するための支援

ー市場が変革する中で中小企業を支援していくことにやりがいはありますか。

役所にいながら成果を感じるってなかなか難しいんですよね(笑)、やっぱり結果が出るのが先のものが多いので。

他方で、業務の中で中小企業に方とお会いすることも多く、「事業承継税制があるおかげで円滑に事業承継できた」、「その余力で他のところにリソースを割けられた」、「補助金で新しいチャレンジができた」などといった声を聞くことが増えました。当初目指していた政策目的をある程度達成できたという充実感はあります。

ー 中小企業支援でこれまで特に思い入れのある施策はありますか?

さまざまな支援をしていますが、「アトツギ甲子園」は個人的に一番好きな施策です。

中小企業庁が主催する「アトツギ甲子園」は、全国の小企業・小規模事業者の後継者が、既存の経営資源を活かした新規事業アイデアを競うピッチイベントです。

後継者は非常に孤独というか、孤軍奮闘のケースが多く、ネットワークがなく、周りから認めてもらえないケースが多い。認めてもらえないと、事業承継も当然進まない。そこでイベントを通じて後継者にスポットを当て、ネットワークづくりにも役立ててもらえたら、といった狙いから始まった企画です。

「なぜ政府がやる必要があるのか?」と疑問をお持ちの方も多いかと思います。中小企業の後継者は、スタートアップと異なり、様々なリソースがおのずと集まるエコシステムができておりませんし、注目もされていません。他方、地域を支える中小企業が自ら変革し、成長し、賃上げを通じて好循環を生み出すような形にならなければ、地域経済の再生、日本の復活はないと思っています。最初のきっかけ、リード役を演じるのは政府の役割だと思っています。

これまでのイベントを通じて、さまざまな人間模様や人間ドラマを目の当たりにすることができました。アトツギ甲子園を通じて、現オーナー(親)に認められて、事業承継が進んだケース、新規事業が上手く軌道に乗ったケース、周りの支援によりアイデアが事業に昇華したケース、など様々あります。何より、現オーナー、従業員、金融機関、取引先など、事業者を取り巻くプレイヤーに認められるようになった、という声を聞くことが多く、この事業をやってよかったなと実感できています。

ー最後に中小企業政策に取り組むモチベーションを教えてください。

中小企業庁石澤課長補佐インタビュー2

やはり日本経済が今後も成長するためには、地方経済を支えている、チャレンジする中小企業が多く生まれること、変革していくことが極めて重要だと思っています。日本はファミリー企業、中小企業が9割以上を占めており、世界でもとてもユニークな国です。地域を支える中小企業が時代に合わせて変化をしなければ、日本経済がよくなることはないでしょう。

目下、スタートアップ支援が盛り上がっています。もちろん日本経済を駆動させる新しい産業を作る上でスタートアップ支援は欠かせない。ただそれだけでは東京といった大都市圏中心になってしまうんだと思います。

やはり、地域を支える主体としての中小企業に焦点をあわせていく必要があります。大きな変革には時間と痛みが伴います。明確な目標をもって、やり続けるしかありません。近道はないです。それから、政府はあくまでサポート役であり、きっかけを作る役でしかありません。主役は中小企業であり、次世代の中小企業を担う後継者(親族とはもちろん限りません)です。

この記事の監修者
政治ドットコム 編集部
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