2024年の春闘(春季労使交渉)では、労働団体・連合の集計で5月2日までに回答があった3733社の平均の賃上げ率は定期昇給分を含めて5.17%となり、33年ぶりの高水準となりました。一方で、従業員300人未満の中小企業2480社の平均の賃上げ率は4.66%と全体の平均を下回っていて、大企業と中小企業との間で賃上げに差が生まれている状況です。その中で物価高騰が続き、実質賃金は24か月連続で減少しています。今回のインタビューでは「働くもの生活者の代表」を掲げる立憲民主党・村田享子議員に、企業の賃上げや物価高騰対策など、働く人たちが安心して暮らせる社会に必要な政策についてお伺いしました。
(文責:株式会社PoliPoli 秋圭史)(取材日:2024年5月14日)
村田享子(むらたきょうこ)議員
1983年鹿児島県鹿児島市生まれ。東京大学法学部卒業。
柳田稔議員公設秘書を経て、2022年の参議院議員選挙にて初当選。
ものづくりの現場で交わされる「ご安全に!」がキャッチコピー。
(1)働くものの声を届けるべく、議員秘書から自らも国会議員へ
ー経歴を拝見すると、二つの大学を卒業されています。一度大学を卒業したあと、学び直したいと再入学されたのでしょうか。
大学進学後に自分の興味に気づいたからです。はじめに通った東京大学では法学部で法律を中心に学びました。その中で人が犯罪を犯す背景にある心理的・社会的な側面に関心を持つようになっていきました。犯罪者を罰することだけを考えるのではなく、再犯防止につながる更生プログラムについて研究するゼミにも所属していました。
一方で、日本には少子高齢化をはじめ、将来に不安を感じるニュースが多く、人が幸せに生きるにはどうすればよいのか漠然と考えるようになりました。日本の状況を客観的に捉えるためにも一度は外国、特に幸せそうに見える国に行って暮らしてみたいと思い、大学卒業後はイタリアに留学しました。イタリアでは家族との時間を大切にする田舎での暮らしを体験するなど日本とは違う価値観に浸かりました。帰国後、心理学や社会学などをより学びたいと思い、早稲田大学に編入したのです。
ー大学卒業後、柳田稔参議院議員の秘書となられていますが、どのような経緯があったのでしょうか。
柳田稔議員と私の母が高校の同級生という縁があり、秘書にならないかとお誘いがありました。実は早稲田大学卒業時、27歳だったのですが、当時は今ほど第二新卒採用の文化がなく、仕事がなかなか決まらなかったんですね。
私は政治にまったく関心がなかったので、実は秘書へのお誘いは一度お断りしました。政治家の秘書へのイメージも、議員の手足となって悪いお金を動かし、ばれたら罪がなすりつけられる存在、といったもので…
ただ柳田稔議員から「政治の世界に来てみたら勉強になることもたくさんある。政治は私たちの暮らしとつながってるんだから、一回来てみたらいいじゃない」と言われたんです。「まあそこまで言っていただけるなら…」と、秘書になりました。実際、政治の世界に飛び込んでみると政治家は問題意識をもって一生懸命活動されている方がたくさんいることを知りました。
ーその後、自ら出馬することになったきっかけについて教えてください。
秘書として経験を積む中で、ものづくりに関心がある議員が少なくなっていることに危機感を持ったからです。特に私が秘書を務めた柳田稔議員は、ものづくり産業への造詣が非常に深かったのですが、政界引退を決められました。これからの時代も、ものづくり産業やそこで働く人たちの声を国会にもっと届けていくために、私が働こうと思ったのです。
秘書として政治の世界に関わるうちに、政治が動けば生活が変わるんだ、と知ったことも政治家になろうと思ったきっかけの一つです。たとえば、私は貸与型の奨学金を借りているのですが、自分が学ぶためには自分でお金を出すのは当たり前だと思っていました。しかし給付型奨学金の拡充や大学授業料無償化の動きが起こった時、初めて「自分が悩んでいたことって政治で解決できる課題だったんだ」と思ったんです。
だからこそ、政治に声を届けるためのアクションが大事なんだと思いました。
私は、ものづくりの労働組合のみなさんから応援いただいていますが、その方たちから「あなたを当選させて私たちになんのメリットがあるの?」と言われることもあります。そのとき、「意外とものづくりのことを知っている議員って少ないんですよ」とか「政治に声を届けると変わることもあるんですよ」ってお話をしています。政治家を選ぶってことは自分たちの立場や意見を代表してくれる人を選ぶってことですから。
ーただ、なかなか日本では政治参画が進んでいない現実があります。
自分が声を上げ、変化を起こすことができた経験がないと政治には関心を持ちづらいと思います。労働組合のように身近で変化を起こすためのアクションがとれる場があることは重要だと思います。労働組合は自分の困りごとを職場の仲間と共有し、会社に対して改善を求める場です。
このことはすごく政治と似ているなと思います。政治も自分たちで変化を起こそうとすることですから。現在、労働組合の組織率は下がってきているんですが、春闘を見ると、やはり労働組合のある企業の方が賃上げの成果は上がっているんです。労働組合の存在意義は大きい!労働組合での経験を通じて政治参画につながるといいなと思っています。
ー事務所内に応援うちわなどのグッズがたくさんあって驚きました。どういう思いがあるのでしょうか?
政治を楽しくやりたいと思っているからです。政策の話って何もわからない、そもそも用語も知らないし、衆議院と参議院って何が違うの?という方もたくさんいらっしゃるんです。そういう方に、まずは楽しもうと。アイドルを推すのと一緒だよ、と私は言っています。
選挙も楽しくやりたい。だからグッズもバンバン作っていただいて、後ろにはぬいぐるみもあります。「国会議員は遠い存在」というイメージも確かにありますが、そのイメージをぶち壊すべく、たくさんみなさんと関わり、たくさんお話を聞かせていただきたいと思っています。
(2)データによる裏付けで、政策を実現していく
ー村田議員は立憲民主党に所属されています。野党の議員が政策を実現するのは大変なのではと思ってしまうのですが、実際はどうなのでしょうか?
野党議員だから何もできないことはありません。現場の声や数字の裏付けを示し、与野党問わず仲間を増やすための動きを粘り強くやることで政策を実現できます。たとえば、工場向けの電気代補助は、私が国会で質問したことをきっかけに実現した政策です。ロシアのウクライナ侵攻後、電気代が高騰し、工場では数千万円から数億円のレベルでコスト増になってしまった。2023年秋の補正予算では家庭向けの電気代補助は決まっていたんですが、大口の需要である特別高圧電力については補助の対象外であることがわかったんです。特別高圧電力とは、工場や病院、ショッピングモールなどたくさん電力を消費する事業者が契約する電力のことです。大企業だけでなく、中小企業も工場を持つところが多いため、特別高圧電力を契約している企業もあり、特別高圧電力も補助の対象にすべきではないかと指摘しました。
政府による当初の答弁は「事業者向けの特別高圧電力はこれまで支援したことはないからできない」というものでした。しかし私の質問を聞いた他の議員から「この問題を初めて知った」「補助すべきではないか」と声があがり、政策が実現したのです。
データによって裏付けをとり、政府や他の議員にとって分かりやすいロジックを組むことが私は重要だと思っています。先ほどの例でいえば、電気代の高騰でコストが上がっている一方で、電気代高騰分を商品価格に転嫁できていないことを示すデータがあり、これでは賃上げはできませんよね、と訴えたんです。
ー賃上げを直接的に訴えるだけではなく、企業活動に関わるコストに対していかに支援をするかも重要なのですね。
そうです。もちろん企業としては、政府が企業に対して直接的に賃上げを要求することは後押しになると思います。
ただ賃上げの定義は明瞭ではありません。ベースアップなのか一時金による昇給なのかで、賃上げの意味するところは大きく変わってきます。今回の春闘の結果を見ると、賃上げ5%という数字だけが目立っているように見えます。実際にはすごく賃上げできたところもあれば、そうでないところもある。大手と中小、都会と地方で格差が広がる懸念もあります。
春闘に向けては、労働組合のみなさんが春の交渉に向けて前年の秋の段階から準備を重ねています。労働組合が組合員のみなさんの要望を聞き、会社の状況をみながら今年の要求額を決めていく。非常に緻密なプロセスです。この前提に立ちながら、早め早めに来年の賃上げに向けた準備を実施していかなければならないと思っています。
ー賃上げでは大企業と中小企業で抱えている課題も異なりそうです。
それは大きな問題です。中小企業からは、来年の春闘に向けて持続的に賃金を上げていけるのか不安の声が上がっています。原材料やエネルギー価格、労務費についてきちんと価格転嫁ができて、賃上げができた企業もあれば、賃上げをしないと人が集まらないとの理由で防衛的に賃上げをした企業もある。中小企業は数が多いこともあり、抱える課題は本当に様々なので、きめ細やかなサポートが必要です。
また支援策を用意することはもちろんですが、中小企業にとってわかりやすい、使いやすい制度にすることもとても重要です。政府がよい制度を作っても中小企業からは「制度があることを知らなかった」とか「どう申請していいのかわからない」などのお声を頂戴します。中小企業には書類作成のためのノウハウ不足や人手不足に悩むところも多く、できるだけわかりやすいパンフレットを作成するなど寄り添った支援をするように政府には求めています。
(3)物価高騰対策に注力し、働くものの代表としての務めを果たす
ー今後注力していきたい政策テーマはありますか。
物価高騰対策に力を入れていきたいです。政府は企業に対し、労働者に対する福利厚生の制度設計を支援しています。ただこれらの支援が、物価の上がらない、ここ30年を前提にしたものなので、物価上昇の時代に対応できていないんですね。
たとえば、私が国会で取り上げているのは会社からの食事手当です。会社が従業員に食事の支給を行ったとき、企業の負担額が月額3,500円以下の場合は課税されない、税法上の制度があります。この月額3,500円という非課税限度額は、実は1984年から変わっていません。物価高騰に伴って会社に食事手当を増やしてくださいと労働組合がお願いしても、非課税限度額が3,500円だから上げるのは難しい、となってしまう。地方の工場では周りに食べるところがないことも多いので、自社内に食堂があったりお弁当を配ったりするところが多いんです。食堂やお弁当の値上げですでに従業員の負担が増えているため、非課税限度額の引き上げは粘り強く訴えていきたいと思います。並行して通勤手当の非課税限度額についても、物価高にあわせて見直しすべきです。地方では多くの自動車通勤の方がガソリン価格の上昇に伴って負担増を感じています。食事補助や通勤手当は働いている人にとって身近で影響の大きい制度です。時代の変化に追いつけていないルールを時代にあったルールに変えていくことが政治家の仕事でもあります。「働くもの生活者の代表」として、これからもみなさんの生活に身近な問題を政治の現場に届けていきます。