
上川陽子 かみかわようこ 議員
静岡県出身。東京大学を卒業後、1977年に三菱総合研究所入社。
ハーバード大学大学院で政治行政学修士を取得後、
政策コンサルティング会社のグローバリンク総合研究所を設立。
2000年の衆議院議員選挙で初当選(8期)。
2007年に内閣府特命担当大臣(少子化対策・男女共同参画)として初入閣。
以降、初代公文書管理担当大臣、法務大臣、外務大臣を歴任し、
2024年に裁判官訴追委員会委員長に就任。
企業に女性の登用を促す女性活躍推進法の成立から10年の節目となる2025年。今なお、男女間の賃金格差や、管理職に占める女性の割合といった課題が見られ、女性がリーダーシップを発揮しやすい環境づくりのための取り組みが進められている状況です。
今回は法務大臣、外務大臣を歴任した上川陽子議員に、国際的な平和の実現に向けて、紛争予防・紛争解決・和平交渉・平和維持活動・平和構築の全ての段階の意思決定における主体として女性の参画や人道支援、復興におけるジェンダー主流化、女性の人権侵害からの保護やジェンダー平等の促進を謳った「女性・平和・安全保障(WPS:Woman, Peace, and Security」の活動を中心に、現在の世界情勢と日本の果たすべき役割についてお聞きしました。
(取材日:2025年4月21日)
(文責:株式会社PoliPoli 井出光 )
「ピークは永遠には続かない」と痛感したアメリカ留学
ー上川議員が、政治の世界を志すようになったきっかけを教えてください。
アメリカで日本の将来に対する強い危機感を抱いたからです。
1986年にハーバードのケネディ・スクールに留学し、現地で上院議員のスタッフとしての勤務を経験しました。当時、日本はバブル経済に湧いていましたが、アメリカではジャパン・バッシングが起こり、牛肉・オレンジの自由化交渉やスーパー301条の発動といった歴史の転換点を間近で見ていました。まさに、日本がピークから転落し始める瞬間を目の当たりにしたわけです。
一方で、アジアの他の国から来ていた留学生たちは非常に勤勉で、「このままだと日本は取り残されるかもしれない」という危機感を肌で感じました。ピークは永遠には続かないものです。だからこそ、謙虚に、そしてパワフルに行動し続けなければならない。そう痛感し、政治の世界に目を向けるようになりました。
ーその後の日本および世界の変化をどのように捉えていますか。
あれから40年。国際社会における日本の位置づけは、特にアメリカとの関係において非常に成熟したと感じます。自動車産業に象徴される日本企業の存在感は安定しており、現地での信頼も厚い。一方で、新しく物事を起こす力が弱く、革新的なビジネスやベンチャーの発想が生まれにくいという課題も感じています。
ー世界から見た日本の評価も変化しているのでしょうか。
外務大臣を務める中で改めて実感したのは「海外から見た日本の評価はまだまだ高い」ということです。日本国内で言われがちな「経済が縮小しているからダメだ」という自己評価とは、まったく違います。戦後80年にわたる平和国家としての歩み、ODAを通じた途上国支援、そして戦後の高度成長期からバブル以前、安定成長に移行するまでの日本企業の地道な努力。それらが世界中から非常に高く評価され、圧倒的な信頼感につながっているのです。
特にものづくりにおいては「クオリティが非常に高い」「日本の手法を学びたい」という評価が定着しており、日本企業の現地進出への期待はますます高まっています。だから、私たちはもっと誇りを持って、外交や経済活動に臨むべきだと信じています。
ー2025年1月にはトランプ政権が誕生し、国際関係も転換点を迎えていると思いますが、その中で日本はどのような役割を果たすべきなのでしょうか。
日本が国際社会の中で果たすべき役割は非常に大きいと考えています。とりわけ日米同盟の枠組み、そして同志国との連携は、経済安全保障の観点からも揺るぎない基盤です。その上で、歴代政権が掲げる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の概念をさらに深化させ、この地域の安定と繁栄に貢献していくことが重要です。
また、人口増加が著しいアフリカとの関係も、これからの日本外交における重要な柱になるでしょう。日本企業に対してはアフリカ各国からの期待も大きく、活躍のチャンスにあふれています。この機会を逃さず、日本のパワーをどんどん広げていきたいですね。
紛争解決と災害支援をクロスボーダーで考える
ー上川議員はWPS(Woman, Peace, and Security)の取り組みには特に力を入れていますが、この活動のめざすところを教えてください。
WPSは、国連安保理決議1325号に基づく世界共通の取組で、初めて、平和・安全保障の文脈に「女性」が関連付けられました。元をたどれば、1995年の第4回世界女性会議の「北京宣言及び行動綱領」で女性の社会参加が強く打ち出され、とくに平和分野における女性の役割がWPSとして明確に位置付けられたのが発端でした。紛争地では、女性や子どもが真っ先に被害を受ける現実があります。WPSはこのような脆弱な立場の人々が声を上げ、平和構築のリーダーシップを取れるようにするための枠組みです。
ただ日本では、WPS国家行動計画に「自然災害における女性の視点の活用」という観点も取り入れ、平和構築にとどまらない非常にユニークな活動を展開しています。避難所運営や復興の過程に女性のリーダーシップを取り入れることで、より公平で持続可能な地域づくりが可能になります。3年前に「国際平和研究所(International Peace Institute)」が主催するシンポジウムに日本の代表として登壇した際、こうした自然災害時における女性のリーダーシップの事例を積極的に紹介しました。他の参加国のパネリストは多くが紛争地域から来ていたため、もっぱら紛争解決の視点で話をしていたのですが、その話を聞いて「紛争も災害もテーマとして重なる部分があるのでは」と考えたからです。
ーたしかに日本は自然災害が多いので、世界に共有できる部分がありそうです。
日本の自衛隊もPKOで戦地に派遣されたり、災害救助で被災地を訪れたりしますよね。
紛争と自然災害は異なるものですが、脆弱な人々を守り、支えるという視点では共通するものがあります。だから、両者をクロスボーダー的に重ねて考えるようにしているのです。そして、それを日本独特のWPSアジェンダ推進モデルとして発信しています。
日本では憲法の制約があるので「紛争地域で何ができるの?」と疑問を抱く人も多いと思います。しかし、だからこそ被災地で女性がリーダーシップを発揮した事例を、例えばウクライナやガザ、スーダンなどで生かしていきたいのです。JICAが健康や水などの部分で貢献しているのと同じように、WPSには「人間の安全保障」という緒方貞子さんの理念が埋め込まれているので、この考え方を広める意義は大きいと思います。
ーWPSの活動は、すでにどのような成果につながっていますか。
外務大臣就任から今日までの約1年半、WPSを国家政策にしっかりと位置づけるために奔走してきました。国連安保理決議第1325号採択から25周年にあたる今年、日本はノルウェーと共にWPSフォーカルポイント・ネットワークの共同議長国を務めています。「フォーカルポイント・ネットワーク」とはWPSのコミットメント促進を目的とし、各国の教訓や好事例を紹介し、関心国に広く共有するための国連加盟国間のネットワーク組織です。共同議長国として、2月には国連大学でWPSフォーカルポイント・ネットワーク東京会合を開催しました。各国の政府関係者、市民団体、国際機関が集まり、活発な議論が行われ、日本のWPSの取組も世界に示すことができたと思います。
また、WPSを推進する議員連盟も発足し、関連法案の策定にも取り組んでいます。議員ネットワークをグローバルに拡大し、市民団体とも連携を進めています。これはまさにSDGsのゴール17「パートナーシップで目標を達成しよう」に合致する動きです。
さらに、シリコンバレーやニューヨークなど、世界のイノベーターたちとの対話を通じて新たな潮流を作る「WPS+イノベーション」という取り組みにもチャレンジしています。平和と安全保障に女性が関わる意義が、より自然な形で認知される仕掛けを作りたいのです。
ー活動する上で課題に感じていることは何でしょうか。
やはり認知度の低さだと思います。実際、WPSについては国会の中でもあまり知られていません。こうした現状に対してこの1年余り必死で動き、外務大臣としてアジェンダをまとめ、国の政策に落とし込んできましたが、草の根の活動も含め、まだまだ認知度の向上や参加促進に向けた地道な努力が必要です。
また、女性議員の参画が少ない点も問題です。これは日本に限らず世界的な傾向で、平和や安全保障のテーマを掲げると女性議員は敬遠してしまいがちです。この課題についても、何か意識の変化や行動変容を促すきっかけが必要だと感じています。
マイナスを埋めるのではなく、新しい世界を築く
ー現在の世界情勢を踏まえ、今後の目標やめざしているビジョンを教えてください。
今、世界は激動の時代を迎えています。
トランプ政権の政策転換によって国際機関や市民団体の資金繰りが厳しくなったり、事業の縮小を迫られたりしている現状も、私たちは直視しなければなりません。日本のODAは1980年代から半減し、円安の影響もあって活動にブレーキが掛かりがちです。それでも、日本には世界から期待されている役割があります。国際援助を持続可能なものとするために、官民連携をさらに進め、新しいスキームを作り上げていくことが求められています。
今後も予測不能な情勢が続くと思うので、日本がどこに力を注ぎ、何に貢献するのか、優先順位を見極めながら自分たちの役割を決めて進む必要があります。もちろん、国だけでブレイクスルーできるわけではないので、民間の皆さんの知恵もお借りしながら協力して乗り切っていきたいと考えています。「足りないものを埋める」というマイナスな思考ではなく、「新しい世界を築く」という前向きなチャレンジとして取り組んでいきましょう。