選挙が近づくに連れて、注目が集まる「公約」と「マニフェスト」。それぞれどのような役割や違いがあり、いつ日本で取り入れられたのでしょうか。SNS時代の公約・マニフェストの特徴も含めて詳しく解説します。
公約とはなにか
公約(こうやく)とは、選挙前に掲げる口約束・約束全般のことで、各党が有権者に対して約束する政策のことを指します。法的な拘束力はありませんが、実現できなければ有権者の信頼を失う可能性があります。
公約は政党・候補者ともに使われます。抽象的でイメージ中心の表現が多く、手段や期限が明示されておらず、評価が難しいという指摘があります。
公約の例:「教育を充実させます」「暮らしを守ります」
マニフェストとはなにか
マニフェストとは、実現可能性を重視した具体的な政策集のことをいいます。重要政策に関して、数値目標・財源・達成期限などを明示することで、政策の達成度を後から検証できるようにした「政権公約」です。
従来の公約は達成度が分かりにくいとの指摘があり、2003年11月の衆議院選挙では、多くの政党がより具体性のある「マニフェスト」を導入しました。
マニフェストは主に政党が発表するもので、数値目標・期限・財源などが明示されることから検証がしやすいという指摘があります。日本が参考にしているマニフェストはイギリス由来のもので、現在のように冊子のような作りになったのは1935年の保守党によるマニフェストが最初とされています。
マニフェストの例:「2026年度までに待機児童ゼロ。保育士を3万人増員。予算は〇億円」
現在では、政党は「マニフェスト」、候補者個人は「公約」を使うことが多いですが、
厳密には区別されず使われることもあります。
参考:読売新聞
なぜマニフェストが必要?
現代における「マニフェスト」は、単なる「公約」ではなく、次のような重要な役割が求められています。
1.有権者との政策契約
まず、政策の契約書としての役割があります。政治家と有権者の「約束」を明文化し、具体的な目標・数値・期限を示すことで、「できたか・できなかったか」が後で検証できるようになります。
2.政策中心の選挙
選挙を人気投票やイメージ選挙にせず、「誰が何をやるのか」を基準に投票させることができます。有権者が政策比較できる材料になり、投票行動が「好き嫌い」から「政策選択」に変わります。
3.政治の透明性・説明責任を高める役割
選挙後もマニフェストに沿って活動したかを追跡調査できます。達成度をレポート(検証報告書)で公表する例も増えており、政治家は説明責任(アカウンタビリティ)を問われます。
4.政策実行への圧力
有権者が「マニフェスト違反」を厳しくチェックすることができ、途中で方針変更する場合は、説明が求められます。マニフェストがあることで、政治家は公約に縛られるようになり、公約違反が許されにくい風潮ができます。
その一方で、実際には「事後的な検証が十分にされていない」、「従来の公約と変わらない」とする批判もあり、その役割が果たせているか、改めて問われています。
日本における「マニフェスト」導入の経緯
日本で最初に国政における「マニフェスト」が打ち出されたのは2003年の衆議院選挙とされています。当時の民主党(代表:菅直人氏、副代表:鳩山由紀夫氏)が、「マニフェスト型選挙」を正式に打ち出して戦いました。
自由民主党(小泉首相)も、これに対抗して政策集をまとめましたが、より「マニフェスト」という言葉を積極的に使ったのは民主党でした。
日本においてマニフェストが導入されるまでは、以下の経緯がありました。
1.政治不信の高まり
1990年代、日本はバブル崩壊・自民党政権崩壊(1993年)など政治混乱の時代。国民の間に「政治家は何をやるか曖昧だ」という不信が強まっていました。当時、政治への信頼回復のため、具体的な政策提示を求める声が出てきました。
2.イギリス(ブレア政権)の成功に影響を受けた
1997年、イギリスのトニー・ブレア率いる労働党が、マニフェスト選挙で大勝。「政策重視・実行重視」が新しい選挙スタイルとして注目されました。日本におけるマニフェスト運動は、イギリス労働党の成功体験が一つのモデルとなったという見方があります。
3.メディア・有識者の後押し
有識者グループ「構想日本」などが中心となり、マニフェストの普及を推進。新聞・テレビも「マニフェスト選挙」を積極的に取り上げました。政策本位の選挙文化を根付かせるべく、官民協力してマニフェスト普及を進めました。
4. 地方選挙で成功した
2003年、岩手県知事選挙で増田寛也氏がマニフェストを掲げて当選したことから、「マニフェストは効果がある」という認識が一気に広まりました。
SNS時代の公約・マニフェストとは
現代(特に2010年代後半〜2020年代)は、SNS(X=旧Twitter、Instagram、TikTokなど)が政治と選挙に深く関わる時代です。この中で、公約やマニフェストも新しい役割や特徴を持つようになりました。
1.拡散力・リアルタイム性が重視される
マニフェストは長い冊子だけでなく、短い動画・画像・投稿文などで要約して伝えられます。「短く」「わかりやすく」「瞬時に伝わる」表現が求められ、例えば「子ども予算倍増!」などのキャッチコピーのように、政策の一部だけが急速に拡散することもあります。
2.有権者の「双方向参加」が可能に
有権者がSNS上で政策に意見・質問・批判できます。政党や候補者がそれに答えることで、
公約やマニフェストが「一方通行」ではなくなり、マニフェスト案を事前にSNSでパブリックコメント募集する動きもあり、有権者が政策形成に参加する時代になってきたといえます。
3.検証と炎上のリスクが増大
公約やマニフェストと実際の行動のズレがSNSで即拡散されるようになったことで、公約違反や言行不一致が「炎上」し、政党や候補者の信頼に致命傷を与えるリスクがあり、政治家は公約に一層忠実でなければならなくなりました。
4.ターゲット別マニフェストの出現
SNS広告では、若者向けや子育て世代向け、高齢者向けなど、ターゲット別に訴求することができます。公約やマニフェストの中でも、強調ポイントを相手に応じて変える技術が求められています。
まとめ
このように、公約とは選挙前に掲げる約束全般のことをいい、マニフェストとは実現可能性を重視した具体的な政策集のことを指します。
マニフェストは「政治不信+海外モデル+政権交代ブーム+地方選挙成功」で、2003年に一気に流行を引き起こしました。
そして、選挙後に達成度を明らかにできる仕組みとして、日本の選挙文化に定着してきました。しかし、その一方できちんとした批判的検証がなされる必要があります。
さらに、SNS時代において、公約やマニフェストは新たなステージへと入ってきました。拡散性やリアルタイム性により、各党の主張を簡単に知ることができるようになってきています。
だからこそ、有権者一人ひとりが、公約やマニフェストを厳しく見極める目を持つことが求められているといえそうです。