
2024年に行われた兵庫県知事選挙で、当選の意思がない候補者が特定の候補者を支援するために立候補するという手法が注目を集めました。いわゆる「2馬力選挙」と呼ばれるこの選挙戦略は、公職選挙法との整合性や選挙の公平性に疑問を投げかけ、多くの議論を呼んでいます。
そのような中で、国会では2馬力選挙への対応が本格的に議論され始め、地方自治体でも独自の対応策を打ち出す動きが広がりを見せています。
以下では、2馬力選挙の概要と問題点、政界の反応、規制に向けた課題、そして地方自治体による先行的な取り組みについて詳しく説明します。
1.2馬力選挙とは?概要と問題視された背景
2馬力選挙とは、特定の候補者の当選を後押しするために、当選の意思がない候補者が立候補する手法を指します。この手法が2024年兵庫県知事選挙において斎藤元彦知事の当選に影響を与えた可能性が指摘されているほか、公職選挙法に違反する恐れがあるとして問題視されています。
公職選挙法は、公平な選挙の実現を目的として、政見放送の時間や掲示できるポスターの枚数、使用できる街宣車の台数など、候補者が利用できる選挙資源に一定の制限を設けています。しかし2馬力選挙では、支援する側の候補者も選挙活動を通じて特定候補の名前を繰り返し呼びかけることが可能となるため、実質的に1人の候補者に対して2倍の宣伝効果が生じるという見方があります。
実際、朝日新聞の取材によると、2024年の兵庫県知事選において、「(斎藤知事に)プラスになるような運動をする」と公言して出馬した立花孝志氏の演説を通じて斎藤知事への印象が好転し、結果的に支持に至ったという有識者の証言も確認されています。こうした背景から、2馬力選挙は斎藤知事の当選に対して有利に働いたとの指摘がなされています。
さらに、こうした立候補の手法が許される場合、単なる支持表明を超えて、特定の候補者に過度な優位性を与えるという点で公職選挙法に抵触する可能性があると問題視されています。
以上の点を踏まえると、2馬力選挙は単なる選挙戦略の一手法にとどまらず、選挙の公平性そのものを揺るがす重大な問題であるといえます。
引用:産経新聞
2.2馬力選挙に対する政界の反応
こうした2馬力選挙の問題に対して、政界からも懸念の声が上がっています。
2025年2月4日の衆議院予算委員会において、石破茂首相は「2馬力選挙はどう考えてもおかしい」と明言し、「法改正をはじめ、誰もが納得する選挙運動のあり方の確立は喫緊の課題だ」との認識を示しました。
さらに、同年3月26日に参議院本会議で可決・成立した改正公職選挙法の付則には、「2馬力選挙」の状況を踏まえ、候補者間の公平を確保するための施策の在り方を検討し、必要な措置を講じるとの方針が盛り込まれました。
一方で、今回成立した改正法案では、違反事例の具体的な明示などが先送りされており、法改正による実効性のある対応が実現するかどうかは、依然として不透明な状況にあります。規制の内容については現在も議論が続いており、特に論点が多岐にわたることから、6月の東京都議会議員選挙や夏の参議院選挙までに具体的な法規制を整備するのは難しいとの見方も出ています。
引用:朝日新聞
3.2馬力選挙の規制の難しさ
2馬力選挙への法的対応には、いくつかの難しさが指摘されています。その中でも特に大きな課題となっているのが、「2馬力選挙とは何か」という定義の不明確さです。
まず、2馬力選挙の特徴とされる「当選の意思がない候補者」の存在をどう判断するかという点については、慎重な議論が必要とされています。仮にこの点を厳しく規制しようとすれば、候補者の発言や立候補の意図について調査・制限を加えることになりかねず、民主主義の根幹である表現の自由を損なう可能性があります。このため、規制対象となる発言や行動を明確に示すことは、現実的には難しいことが指摘されています。
一方で、2馬力選挙の定義をあいまいなままにしておくことにもリスクがあると指摘されています。取り締まる側による恣意的な判断が可能となり、結果として正当な選挙活動や表現が不当に規制されてしまう懸念があるためです。
さらに、2馬力選挙が実際に行われたとされる場合に、誰が法的責任を負うのかという点も明確ではありません。兵庫県知事選の事例では、2馬力選挙を主導したとされる立花氏が違反者として処罰されるべきなのか、それとも支援を受けた斎藤知事が責任を問われるべきなのか、あるいは両者が共に関与していると見なされるべきなのか、法的に明確な線引きが難しいという指摘があります。
こうした議論を踏まえると、2馬力選挙に対する規制を検討する際には、選挙の公平性を確保するという目的と、候補者や有権者の表現の自由を保障するという価値のバランスをいかに取るかが大きな課題であるといえます。
4.2馬力選挙に対する地方自治体の取り組み
法的規制の難しさを背景に、国会では対応策の具体化が先送りされている中、鳥取県は2馬力選挙の防止策として、全国に先駆けた独自の取り組みを打ち出しました。
鳥取県選挙管理委員会は、同委員会が管轄する知事選や県議選、衆院選の小選挙区に立候補する際、「他の候補者の当選を目的としない」とする趣旨の宣誓書を提出することを求める制度の導入を決定しました。
この制度は、早ければ4月に実施される米子市長選に伴う県議会米子市選挙区補欠選挙から導入される見込みです。宣誓書を提出しなかった場合の罰則は設けられていませんが、選挙長が提出しない理由を確認した上で、立候補を受理するかどうかを判断することになります。
さらに、都道府県知事で構成される全国知事会も4月9日、適正な選挙を実施するため早期に抜本的な対策を講じるよう与党や政府に要請しました。
こうした動きからは、2馬力選挙によって損なわれかねない選挙の公平性を守るために、地方自治体が自ら主体的に対応策を講じ、国の動きを促す姿勢がうかがえます。
引用:山陰中央新報
参考:NHK
まとめ
当選の意思のない候補者が他の候補者の当選を目的として立候補する「2馬力選挙」の問題は、単なる選挙戦術にとどまらず、選挙の公正性そのものに関わる重大な課題であることが浮き彫りになりました。政界や自治体もこうした事態を重く受け止め、法改正や地方独自の対策に取り組み始めていますが、表現の自由や立候補の自由との兼ね合いといった複雑な課題も存在しています。信頼に足る選挙制度を維持するためには、法の網をかいくぐるような手法を見逃さず、かつ表現や参加の自由を守るというバランスが求められているといえます。私たち有権者も、法改正の行方を見守り、今後の選挙に向けた議論の動向に注目していくことが重要です。
