「政治をもっと身近に。」
政治に関する情報をわかりやすくお届けします。

政治ドットコムインタビュー【公正取引委員会インタビュー】スマートフォンアプリの「公正な競争」に必要な政策とは

【公正取引委員会インタビュー】スマートフォンアプリの「公正な競争」に必要な政策とは

投稿日2024.12.27
最終更新日2024.12.27

スマートフォンは現代の私たちの生活に欠かせないツールとなっています。その一方で、モバイルOSやアプリストア、検索エンジンといった重要な機能は、一部大手IT企業による寡占状態にあります。

これを是正するため、政府は2024年6月に「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(以下、スマホソフトウェア競争促進法)を成立させました。
この法律を所管する公正取引委員会の稲葉僚太・デジタル市場企画調査室長に、法律制定の背景や今後の具体的な運用方針についてお伺いしました。

(取材日:2024年11月7日)
(聞き手・文責:株式会社PoliPoli 井出光)

稲葉僚太 公正取引委員会 デジタル市場企画調査室長

稲葉僚太 公正取引委員会 デジタル市場企画調査室長
2005年公正取引委員会事務総局入局。公正取引委員会事務総局のほか、在アメリカ合衆国日本国大使館(2014年~2017年)、内閣官房日本経済再生総合事務局(2018年~2019年)等を経て、2022年7月より現職。

「規制」から「対話」の公取へ

ーまず、公正取引委員会とはどのような組織なのか教えてください。

多くの方がイメージする公正取引委員会は、企業のカルテルや談合が発覚した際に立入検査を行い大量の段ボールに書類を詰めて持ち去る、というものではないでしょうか。そのため「気軽に接しづらい」「できるだけ関わりたくない」と思われる企業の方も多いのが実情かと思います。

しかし、今回立法した新しい規制であるスマホソフトウェア競争促進法の運用においては、関係事業者とのコミュニケーションが重要であると考えています。

関係事業者から気軽に相談や情報提供をしていただけるよう、新法の施行に向けて、親しみやすいイメージづくりにも取り組んでいます。たとえば、このパーカー。新法の普及・啓発に関するイベントなどで職員が着用する公正取引委員会オリジナルパーカーです。「パーカーおじさん」になって、テック業界の方たちとの距離を縮めることを目指しています。

稲葉僚太 公正取引委員会 デジタル市場企画調査室長

ー公正取引委員会の方がパーカーを着ているのは意外でした。

実は霞が関でも、金融庁ではフィンテック関連イベントで職員がオリジナルパーカーを着ていたり、デジタル庁も同様にパーカーを作っているようですよ。お堅いイメージを変える上でパーカーは一役買っているのかもしれません。

我々も、パーカーを着ることで公正取引委員会を少しでも身近な存在と感じてもらえればと考えています。

ーそれではスマホソフトウェア競争促進法についてお伺いします。まず、この法律が作られた背景を教えてください。

スマートフォンは現代社会において私たちの生活を支える重要なインフラへと進化しています。

しかし、その根幹を成すOSやアプリストアなどは、巨大IT企業、プラットフォーマーによる寡占状態で、競争制限的な行為によって、プラットフォームを利用する企業や、スマートフォンを利用する消費者にとっても、多くの問題が生じている、という現状認識が最初の出発点です。

スマホソフトウェア競争促進法は、このような、巨大プラットフォーマーによる競争制限的な行為を規制し、健全な競争環境を取り戻すことを目指しています。

(公正取引委員会「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る 競争の促進に関する法律の概要」2024年6月より)

ー具体的にはどのような問題が生じているのでしょうか。

たとえば、アプリをダウンロードするために必要なアプリストアについて、プラットフォーマーによって他社の参入等が制限され、競争が働いていないことによって、アプリ提供者にとっては手数料が高止まりしてイノベーションに向けた投資の足かせになっています。

また、プラットフォーマーが自ら提供するブラウザなどをデフォルト設定することによって、多くのユーザーは他の選択肢があることに気付かないまま、デフォルト設定されたアプリなどを使い続けているといった問題もあります。

ーこの法律の規制対象である大手プラットフォーマーは、どのように決定されるのでしょうか。

スマホソフトウェア競争促進法の規制対象となる事業者は、OSやアプリストア等を提供する事業者のうち「他の事業者の事業活動を排除し、又は支配し得る」大規模な事業者を公正取引委員会が指定します。これは、規制の対象に制限がなく、誰でも対象となり得る「独占禁止法」とは異なる枠組みです。

指定の具体的な基準については、OSやアプリストアなどの国内利用者数が4000万人以上と定めており、今後、この基準を満たす事業者を指定していくことになります。

指定に関する規定は2024年12月に施行されましたが、2025年末を予定している新法の全面的な施行に向けて、現在、プラットフォーム事業者、プラットフォームを利用するアプリ提供事業者、関係団体などと密にコミュニケーションを取りながら準備を進めています。

ー今年7月から始めた情報募集もその一貫でしょうか。

【スマホソフトウェア競争促進法に関する情報募集:https://www.jftc.go.jp/soudan/jyohoteikyo/smartphone_software.html

そうです。全国にアプリ提供事業者は数万社あるので、情報提供フォームをつくりました。

施行に向けて詳細なルールを設計する上での実体把握はとても重要で、関係事業者側の声を多く集めたいと考えています。開始当初の1ヶ月の募集期間では、40件ほどのコメントが集まりました。期間を延長して引き続き現在も意見を募集しています。

このような取組を通じて、多くの関係事業者に新法に関心を持ってもらうとともに、プラットフォーム事業者との取引の実態、新法を契機とした今後の新たなサービスの提供等に向けた構想、新法の運用に向けた意見や懸念など、幅広く声を寄せていただければと考えています。

ープラットフォーマー側とアプリ開発側で思惑も異なる中で調整は大変ではないでしょうか。

ルールの大枠はスマホソフトウェア競争促進法で決まっています。この法律を実効的に機能させるためには、ガイドラインなどを通じてルールの具体的な考え方を示すことが重要と考えています。また、アプリ開発者事業者の動向の把握も大事です。新法を契機として、事業者側がどのような事業展開を考えているのか、市場がどう変化していくのか注視していきます。

一方、プラットフォーマーが「形式的に」規制に対応しながらも、実質的にはアプリ開発事業者の足かせになるような規制を迂回する対応をとる可能性も否定できません。規制を作ったのにそれが骨抜きになってしまうことがないよう、今後生じるであろう問題を見据えながら、どのような行為が新法に抵触するのかや、どのような対応をとる必要があるのか、具体的な考え方をガイドラインで明らかにしていきたいと考えています。

ースマホソフトウェア競争促進法は今年6月に成立しましたが、施行はいつになるのでしょうか。我々がスマートフォンを利用する中で目に見える変化がありそうですか。

本法は2025年末に全面的に施行される予定です。

市場の変化は皆さんも目にしていくことになるのではないでしょうか。

規制が先行するEUでは、アプリストアへの新規参入が見られます。日本でも、既にユーザーがデフォルト設定の変更を行うことができる設定画面が実装されるなど、変化が生じつつありますが、今後具体的にどのような変化が生じるかは、我々公正取引委員会が新法をいかに実効的に運用していくかにかかっていると思います。

ー法律を守らなかった場合、事業者に対する罰則はどのような内容となっているのでしょうか。

新法に違反する行為については、独占禁止法では同様の禁止行為に対して売上高の6%が課徴金として課されますが、本法ではより高い20%の課徴金を設定しています。これは大手プラットフォーム事業者の利益率が高いことを踏まえ、違反行為に対する十分な抑止力を確保するためです。

一方、本法の運用では、プラットフォーマー側とのコミュニケーションを重視しています。アプリ事業者などの関係事業者とも対話しながら、問題点を把握し、問題があればプラットフォーマーにビジネスモデルの改善を要請していきます。

その上で、問題となり得る行為が改善されない、法律違反の行為があるなどすれば、課徴金を含め厳正に対処するという2段階のアプローチを考えています。

稲葉僚太 公正取引委員会 デジタル市場企画調査室長

もう1点ご理解いただきたいのは、本法はプラットフォーマーを取り締まることが主目的ではありません。健全な競争環境の整備とイノベーションの活性化の実現を目指しています。

アプリ開発事業者側には、本法の施行をビジネスチャンスと捉えていただき、新しいサービスの提供に向けた取り組みが各方面に広まるといいなと思っています。その意味でも、まずは新法について認識を深めてもらうことが重要であり、アプリ開発事業者側との密接なコミュニケーションが不可欠になってきます。

健全なアプリ市場をどう確保するか

ー本法の施行で競争が自由になると、セキュリティなどに問題がある不健全なアプリストアやアプリが出てくる懸念もあります。自由な競争とのバランスを公正取引委員会としてはどう考えていますか。

まず、新法ではプライバシーやセキュリティに配慮しながら競争を促進するための制度設計をしていて、セキュリティの確保やプライバシーの保護のために必要な措置を講じることができることとされています。

例えば、規制が先行する欧州では、プラットフォーマーが、新規参入するアプリストアについて、セキュリティ上の問題がないか審査しています。このような措置を通じて、セキュリティ等をしっかりと確保できるアプリストアが参入し、競争が生じることを期待しています。

また、消費者の選択を通じて、セキュリティ等の問題がある低品質のアプリは淘汰されていく、というのが競争や市場メカニズムの機能だと考えています。そのためにも、消費者が合理的な選択ができるよう、例えば、新規参入したアプリストアでのセキュリティ対策状況や、マルウェア(Malicious Software:悪意のあるソフトウェア)の感染などの重大な問題についてユーザー側に知っていただくための情報提供が重要です。

ーセキュリティ強化を口実に、プラットフォーマーが実質的に競争を阻害する可能性はありませんか。

プラットフォーマーが講じた措置が真にセキュリティ確保のために必要なものであるかなど、厳正に評価していかなければなりません。この評価に当たっては、本法の中でも、公正取引委員会が専門的な知見を持つ内閣サイバーセキュリティセンター、総務省、経済産業省などの関係行政機関と連携するための規定があります。このような枠組みも活用しながら、セキュリティ確保などを図りつつ、健全な競争環境の整備を進めていく構えです。

イノベーションを促進する環境整備のやりがい

稲葉僚太 公正取引委員会 デジタル市場企画調査室長

ースマートフォン市場を含むデジタル市場は新しく、変化の激しい分野だと思います。社会の変革に合わせた新しい法規制を進める大変さ、そしてやりがいはどこにあるとお感じでしょうか。

デジタル市場は変化のスピードが速く、課題の解消に向けた迅速な対応が必要である一方、新しい規制をつくっても数年後には技術の発展や市場の変化によって規制が陳腐化してしまうこともあり得ます。

このような中で、新たな規制を作る際には、実態に基づいた迅速な対応とともに、市場の変化にも対応できる柔軟な運用が可能な制度設計を行うことが重要です。

競争政策の重要な役割は、持続可能な経済成長の鍵となるイノベーションを起こす企業の創意工夫や努力が最大限発揮されるよう環境整備を行うこと。スマホソフトウェア競争促進法も、新規参入事業者やアプリ事業者によるものを含めイノベーションに向けた競争環境を整備し、消費者にとっての選択肢の確保や良質で低廉なサービスの享受といったメリットが提供されることを目指すものです。このような環境づくりに貢献できることにやりがいを感じていますが、そのためにも新法を実効的に運用していくことが重要であると考えています。

この記事の監修者
政治ドットコム 編集部
株式会社PoliPoliが運営する「政治をもっと身近に。」を理念とするWebメディアです。 社内編集チーム・ライター、外部のプロの編集者による豊富な知見や取材に基づき、生活に関わる政策テーマ、政治家や企業の独自インタビューを発信しています。