
デジタル時代の国家安全保障が新たな局面を迎えています。電気や鉄道、通信、放送、金融など重要なインフラへのサイバー攻撃を防ぐ「アクティブ・サイバー・ディフェンス」導入に向け、1月24日に召集された通常国会で関連法案が提出される予定です。
今回のインタビューでは、安全保障政策に注力する自民党・高市早苗議員にアクティブ・サイバー・ディフェンスの必要性、そして昨年12月に石破総理大臣に手交した「『闇バイト』対策の強化に対する緊急提言」について伺いました。
(取材日:2025年1月9日)
(文責:株式会社PoliPoli 井出光)
高市早苗(たかいち さなえ)議員
1961年生まれ。神戸大学経営学部経営学科卒業。
松下政経塾で政治を学び、米国連邦議会Congressional Fellowを経験。
1993年衆議院選挙初当選(10期)。自民党政調会長、内閣府特命担当大臣、総務大臣、経済安全保障担当大臣などを歴任。
趣味はスキューバダイビング、ドラム演奏(ヘビーメタル)。
松下幸之助塾主の未来予測にショックを受け、政治の道へ
ー高市議員は松下政経塾を経て政治家になられましたが、入塾の理由や政治を志された経緯は何だったのでしょうか。
今では「松下政経塾といえば政治家志望者の集まり」というイメージが強いですが、私が入塾した当時は「日本の将来のリーダーを育てる」という観点で入塾者が選抜されていました。必ずしも塾生は政治家志望ではなく、国連職員や経営者、学者志望など、さまざまな夢を持つ人が集まっていました。
私は大学で経営数学を専攻し、国際金融や貿易問題に関心がありました。そのため、経営の神様である松下幸之助塾主のもとで学んでみたい、という思いで松下政経塾の扉を叩きました。入塾後も当初は経済や経営の勉強を続け、金利、為替、貿易摩擦などの論文を書いていました。
転機となったのは1985年、24歳のときに松下幸之助塾主のお話を伺ったことがきっかけです。衝撃を受けた”預言”が3つありました。
1つ目は、当時は米ソ冷戦の時代でしたが、あと数年もすれば国際秩序がこれまでと大きく変わる、という話です。実際に1989年にベルリンの壁が崩壊し、この話は現実化します。
2つ目は、アジアに繁栄が移ってくる、という話です。当時はアメリカの繁栄を日本が猛追しており、まだ東南アジアは、発展途上国と呼ばれていました。しかし松下塾主は、今後のアジアの繁栄を見据えて学んでおく必要性を説かれました。
3つ目は、1990年代以降の日本は長期不況に入る、という話です。その後間もなく日本はバブル景気に入るのですが、成長のまっただ中で日本が世界を制する製品では貿易摩擦が顕著でしたから、私は相当なショックを受けました。「だから1990年代には、しっかりと時代の変化に対応できるリーダーが必要だ」というのが、結論でした。
最初は半信半疑でお話を伺っていましたが、松下塾主の先見性を考えると、これらの”預言”は当たるかもしれないと感じました。戦後の焼け野原を見ながら、都市計画の重要性や地方分権の必要性を訴え、長期的な見通しのもとで経営を成功させていた方ですから。
そして、この日をきっかけに国家経営や外交・防衛について意識するようになりました。もし松下幸之助塾主の”預言”が当たるのなら、ビジネスよりも国の仕組み作りに携わる道、国政に挑戦しようと決めました。1990年代に当選してやろうと決意しました。
ただし私はサラリーマン家庭出身で、地盤も看板もカバンもありません。20代後半は、視野を拡げることや働いてお金を貯めることに注力し、32歳で衆議院選挙に初当選しました。
日本の国力の強化を 一貫して取り組む安全保障政策
ー政策についてお伺いします。高市議員は安全保障分野に注力されていますが、なぜでしょうか。
初めての選挙から、一貫して変わらず訴えてきたのは、「私は、国の究極の使命を果たすために働きたい」ということでした。国の究極の使命とは「国民の皆様の生命と財産、領土・領空・領海・資源、国家の主権と名誉を守り抜くこと」です。
さらに、日本国憲法の改正も訴え続けてきました。
そのためには、日本の「総合的な国力」を強くしておかなくてはなりません。外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力、そして人材力。
今なら間に合うと思っていますし、国力を強くするためには、経済成長が不可欠です。
特に近年、国際環境は大きく変化しています。中国では習近平政権の発足後、有事に国内外の人民を動員し平時にも国防動員準備を求める国防動員法、組織や人民に国の情報工作への協力を義務付ける国家情報法、反スパイ法など、中国の法律が懸念事項となりました。日本企業も学術研究機関も、相手の法律をよく知った上で、中国との関係は慎重に構築する必要があります。反スパイ法では、中国当局がメールや宅配便や手紙のチェックもできるため、細心の注意を払わなければ日本人が現地において拘束されるリスクもあります。
さらに近年は、専制主義であり核を保有するロシア・中国・北朝鮮が急接近しており、いずれも日本の隣国ですから、国防上の懸念も大きくなっています。
ー最近ではサイバー空間での安全保障も注目されていますが、どのようにお考えでしょうか。
サイバー空間での安全保障について、日本はこれまで受け身の対応でした。
電力、ガス、航空、鉄道など命に関わるインフラを標的としたサイバー攻撃についても、政府は民間事業者の自主的な取組を支援することが基本でした。
サイバー攻撃を未然に防止しようとしても政府が情報を収集する手段は限られ、欧米主要国と比較すると、政府の権限でできることは極めて限定的でした。
しかし今後は、国の安全や皆様の命を守るために、「能動的サイバー防御」、いわゆる「アクティブ・サイバー・ディフェンス」を実施しなければなりません。
99%以上が外国からのサイバー攻撃ですから、攻撃サーバを検知するためには、明確な法的根拠を設けた上で外国関係の通信情報を利用しなくてはなりません。
さらに、確認された攻撃サーバにアクセスし、インストールされている攻撃用プログラムの停止・削除や、攻撃者が当該サーバにアクセスできないような設定変更などを行わなければなりません。
日本を標的に重大なサイバー攻撃が行われると、甚大な被害が発生し、取り返しのつかない事態になるからです。また、日本のサイバー攻撃への対応能力が脆弱なままだと、同盟国・同志国から信頼してもらえず、安全保障協力にも悪影響が出ると思います。
ー昨年の衆院選の結果、現在は少数与党での政権運営を余儀なくされていますが、今国会でのアクティブ・サイバー・ディフェンス法案の見通しについてはいかがでしょうか。
厳しい議論になるのだろうと想像しています。
特に、憲法第21条の「通信の秘密」を巡る論争を心配しています。しかし、インターネットがない時代に制定された憲法ですし、憲法第12条の「公共の福祉」により対応は可能だと考えます。
通信情報の利用・アクセス・無害化といった措置も、通信の秘密を規定する憲法と電気通信事業法、許可なく相手の設備に入れない不正アクセス禁止法、マルウェアの作成・保有を制限する刑法など、現行法との関係を整理しない限り、政府も民間事業者も対応できません。
今国会で審議される法案なら、包括的に必要な措置が可能になると期待しています。
昨秋まで約2年2ヵ月間、経済安全保障担当大臣を務めましたが、その間に、官民の情報共有のベースとなる経済安全保障版セキュリティ・クリアランス制度を創設する重要経済安保情報保護活用法を起案し成立させることができたのは、本当に良かったと思っています。
たとえば日本に対するサイバー攻撃が行われる可能性があるという情報が友好国経由でもたらされた場合、政府は民間事業者と協力して被害を防ぐ対策を講ずる必要があるものの、それらの情報が攻撃者に漏れると別の攻撃を受けたり、国の情報保全体制への信頼が低下したりします。同法により、信頼性評価を受けた人だけが政府が保有する安全保障上重要な情報にアクセスできることとなりました。当初は抵抗もあり、決意表明から1年9ヵ月もかかりましたが、今から考えるとギリギリのタイミングでした。
「闇バイト」対策で国民の生命と財産を守る
ー高市議員が会長を務める自民党 治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会は、2024年12月に闇バイト対策の緊急提言を石破総理に行いました。提言のポイントを教えてください。
いわゆる闇バイト対策については、法律を変えて対応しようとすれば時間がかかってしまいます。国会の日程を考えると2年先になるかもしれません。闇バイトによる強盗殺傷事件が相次いでいたので、まずは現行法の枠組みの中で可能な対策を考えよう、と知恵を絞って提言をまとめました。
5本柱の緊急提言ですが、主な3つの柱をご紹介しますね。
1つ目は、「仮装身分捜査」の運用明確化です。
偽名を使った捜査員による犯罪実行役への応募(仮装身分捜査)は現行法でも可能ですが、犯行グループが要求する運転免許証などの身分証提出に関しては課題がありました。捜査のために偽の運転免許証を作る行為が公文書偽造罪に当たるのかどうか、現場では判断ができなかったんですね。そのため、これまでは身分証を送ることができず、そこで犯行グループとの連絡が途絶えてしまっていたんです。そこで、捜査のために偽の身分証を作ることが刑法第35条の「正当業務行為」に当たることを法務省も警察庁も同席している調査会の席で確認した上で提言しました。今年1月には、警察庁がガイドラインを策定しました。
刑法
(正当行為)
第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
2つ目は、職業安定法の運用徹底です。
職業安定法では、求人にあたっては、求人者の氏名や名称・住所・連絡先・業務内容・就業場所・賃金などを明示することが必要です。しかし、いわゆる闇バイトの募集では、「即日即金、高収入、ホワイト案件」などといった表現で、必要な情報は書かれておらず、違法です。
職業紹介事業者にも、こうした違法情報を掲載しないよう審査の厳格化を求めました。また、事業者には違法情報の削除もお願いしています。「法定情報の明示を徹底しましょう」という方向性を打ち出したことで、状況は随分変わりましたね。
3つ目は、防犯カメラを増やすことです。
地方創生関連の交付金を活用して、防犯カメラを増やしていただきたいと考えました。地方創生関連の交付金の使い道は、地方自治体が自由に決められますので、強制力はないのですが、交付金の推奨メニューに地域の防犯力強化を入れていただきました。
また、高画質で保存期間が十分な防犯カメラを増設することを目指しています。
日本はまだ終わっちゃいない 若者に期待すること
ー最後に読者へのメッセージをお願いします。
近年、日本の研究開発力の低下を指摘するニュースを目にすることも多いと思いますが、日本にはまだまだ大きな可能性があると確信しています。
日本の学術研究機関には優れた技術がたくさんあり、日本企業も先進的な技術開発にチャレンジしておられます。世界一の技術、他国のキャッチアップを許さないレベルの技術があります。これらの先端技術を早期に社会実装し、国内外の市場に効果的に展開することで、日本の経済成長が可能になるはずです。特に世界共通の課題を解決できる技術の展開は、日本に大きな富を呼び込むことができます。
日本はまだ終わっちゃいない。
これからもっと成長できるということを、多くの方に知ってもらいたいです。そして、日本の未来を担う若い方々にも一緒に考え、行動していただきたいと思います。皆様の活躍にかかっていますので、共に強く豊かな日本列島をつくっていきましょう。
