
2024年版の犯罪白書に初めて「闇バイト」の言葉が記載され、「少年が目先の利益を手に入れるため、安易に応募し、特殊詐欺や強盗等の重大犯罪に加担してしまうことが大きな社会問題となっている」と警鐘を鳴らしています。
今回のインタビューでは法務大臣などを歴任し、警察官僚としての経験を生かしながら犯罪対策に力を入れる葉梨康弘議員に、安全安心な国づくりに必要な政治のあり方をお聞きしました。
(取材日:2025年4月4日)
(文責:株式会社PoliPoli 井出光 )
葉梨康弘(はなし やすひろ)議員
東京大学法学部を卒業後、1982年に警察庁入庁。
2003年衆議院議員選挙に茨城3区から出馬し、初当選(7期)。
財務大臣政務官、法務副大臣、自民党総務部会長、農林水産副大臣などを歴任し2022年、岸田内閣で法務大臣として初入閣。
国会には取手市の自宅から電車通勤。
省庁間の壁を取り払うのは政治の役割
ー葉梨議員はなぜ警察官僚から政治家を志したのでしょうか。
警察庁で官僚として働く中で、省庁間の壁を感じたからです。
警察庁には17年勤めましたが、最後に所属していた部署が少年課でした。当時、子どもたちの薬物乱用が大きな問題になっていて、警察官が中学校や高校に出向いて薬物乱用を防止するための特別授業をやろうと計画しましたが、文部科学省が難色を示しなかなか進まなかった経験があります。児童ポルノを規制するための法整備も、省庁間の壁によって円滑に進まなかった経緯があります。
このような事態を現場で見ていて「役所の壁を取り払うには政治しかない」と考えるようになりました。そこで、まずは義理の父で衆議院議員だった葉梨信行の秘書になり、そこから政治の世界に足を踏み入れたのです。
ー義父様の葉梨信行 元自民党議員(元自治相)からはどのような影響を受けましたか。
特に子どもに「こうしなさい」という人ではなかったのですが、義父は庶民感覚と地元の有権者の方々を大切にする人でした。茨城県取手市から電車で国会まで通っていました。私もその精神を受け継ぎ、今も電車通勤ですし、今朝も6時半から常磐線の駅前に立ってきました。最近の政治の状況の中で「しっかり国民の方を見て政治をしてほしいと、党の執行部に伝えてください」と激励の声をいただくこともありますね。
ー警察官僚の経験を、政治の世界ではどのように生かされているのでしょうか。
警察庁での17年間のうち半分は刑事、半分は生活安全部門で防犯を担当してきました。その経験を生かし、特殊詐欺の問題に力を入れています。
特に政治が注力しないといけないのは、被害者の救済だと考えています。たとえば、国会議員1期目の2005年当時、偽造キャッシュカードによる預金の詐取という犯罪が頻発していました。その被害を救済するため、システムを構築した銀行側の責任も問うべきだとの観点から、一定の条件で銀行に補償を義務付ける法律を作りました。
その翌年、2006年になると「振り込め詐欺」の被害が深刻化しました。この事件では被害者から被害届が出ると、まず銀行口座が凍結されます。その口座に滞留したお金をどのように被害者に返済するのかが問題となりました。そこで、対象となっている口座をインターネットで公告し、被害者からの支払い請求を受け付ける仕組みを議員立法で作りました。いわゆる「振り込め詐欺救済法」です。これは、私が警察庁時代に遺失物法を担当した経験があり、そのノウハウが役に立ちました。
最近はこれらの犯罪の手口が非常に巧妙になっており、海外から国際電話を利用したり、闇バイトで若い人に犯罪をさせたり、さまざまな形で被害が生じています。これらの問題に対処するための法律を作るとき、問題となるのが所管省庁です。「遺失物法」は警察庁の所管ですが、「振り込め詐欺救済法」は金融庁の所管になります。しかし、新たな問題が起こったときに「どこの省庁が手を上げるのか」は決まっていません。そこを政治が補う必要があると思っています。
犯罪対策に必要なのは「格差の是正」
ー闇バイトの問題は最近特に深刻ですが、どのような対策が有効なのでしょうか。
闇バイトを通じた犯罪の中では詐欺がもっとも多いのですが、特に問題視してきたのは殺人や強盗です。「なぜ人を殺してしまうような闇バイトに引っかかってしまうのか」と誰もが恐怖を感じていました。これについては、とにかく緊急の対策が必要です。
対策として有効なのが「仮装身分捜査」です。捜査員が自分の身分を隠し、架空の身分を使って捜査対象者に近づいて証拠を収集する方法です。ただし、捜査のために偽の身分証明書を作る行為が、公文書偽造罪に当たるのかどうか、これまで現場では判断ができなかったんです。
捜査のために偽の身分証を作ることが刑法第35条の「正当業務行為」に当たることを法務省も警察庁も同席している調査会の席で確認した上で、提言し、今年1月には、警察庁がガイドラインを策定しました。
現行の法律を変えることなく、きちんと手続きを踏めば正当行為として実行できます。仮装身分捜査は募集する犯罪組織への抑止力になりますし、応募してしまった人たちが集合しても緊急避難的に中止させることができます。合法的にできることなので、早急に実施してほしいと提言しました。
ー2024年12月に石破総理に渡したこの闇バイト対策の緊急提言の効果をどのように見ていますか。
まだフォローしていく必要はありますが、仮装身分捜査と職業安定法の募集者情報の明記に関しては、すでに実施に向けて動いています。
課題となっているのは、闇バイトで頻繁に使用される「シグナル」や「テレグラム」などの秘匿性の高い通信アプリへの対応です。政府は正当な権限を持った警察当局がアプリ内容を解析できるよう、運営会社への要請を行っていますが、これらの企業が海外に拠点を置いているため交渉は難航しています。
また、私たちの提言では防犯カメラの設置拡大による抑止効果も強調しました。具体的には地方自治体による防犯カメラ設置を促進するため、地方創生臨時交付金の推奨メニューに組み込むことを提案し、採用されました。今後は各自治体がどこまで実施するか、継続的なフォローアップが必要です。
ーこうした犯罪を減らすために、政治は何ができるのでしょうか。
根本的な解決策として、格差・貧困対策を本格的に進めなければならないと考えています。所得の再分配を通じて低所得層の底上げを図り、質の高い教育へのアクセスを保証することが、王道ではありますが非常に重要な課題です。
これらの対策は一朝一夕に成果が出るものではありませんが、犯罪防止の観点からも社会全体の健全な発展のためにも、継続的に取り組むべき政策だと確信しています。
デフレからインフレへ:「政治問題化」せず、どうデザインしていくか
ー葉梨議員が政治家として大事にしている理念は何でしょうか。
「当面の安心」と「将来の希望」です。
警察出身の私にとって、もっとも大事にしたいのは国民の「安全安心」。特に「当面の安心」と「将来の希望」、これをどう確立していくかが政治の役割だと考えています。
その観点から言うと、今の政治は本来争点にすべきでないことに議論の時間を奪われているように思えます。
たとえば高額療養費上限額引き上げの議論がありますよね。正直なところ、決定プロセスがいささか乱暴だったと感じています。ただ、物価も、資材も、人件費も上がっている中で、高額療養費の上限を上げないままで本当に良いのかどうか。ここから問わなければならなりません。急に上げる話をするから政治問題化してしまうのです。物価に合わせて少しずつ上がっていく仕組みを、みんなが納得するステップを踏んで決める必要があるのです。
決めた後は、もう与党も野党も関係なく、物価や賃金に合わせて上げていくべきです。そうしないと、選挙の際に「皆さんの負担を減らします」という党が勝って、そのツケが結局はいずれ国民に回ってくるのです。
高額療養費の問題に関しては、2015年以降、デフレを理由に上げてきませんでした。それを今回、急に上げようとしたから反発を受けているのです。ここは原点に立ち返って、「これは政治問題化すべき話なのか」ということを考えないと、選挙のたびに減税圧力と歳出圧力ばかりが取り沙汰されることになります。
私は積極財政に反対ではありません。でも選挙のたびにバラマキの話ばかり出てくるのは、本当に正しいのでしょうか。みんなで話し合って「納得したらその通りやっていきましょう」というステップを踏めば先が見通せます。そのステップがないと、政権が変わったときに急に増税せざるを得なくなるかもしれない。そうなると逆に将来が見通せなくなります。
ー長く続いたデフレからインフレへの転換に際して、政治が取り組むべきことは何でしょうか。
デフレから脱却した後の歳出と歳入をどう考えるか、どうデザインを描いていくか。これは政治が取り組むべき優先課題です。
私が政治家になったばかりの頃に比べて、今の日本人はデフレに慣れ過ぎてしまっています。物価は上がらないし賃金も上がらない。この30年でその状況が当たり前になってしまいました。だから、デフレから脱却した後の歳出と歳入のバランスは慎重に考える必要があります。また、賃金が上がるのは良いことですが、賃金が上がれば物価も上がるわけなので、格差も広がります。大企業の場合は6%賃上げですが、中小企業は2%ほどです。つまり、物価高を考慮に入れれば所得格差はますます広がるのです。
ですからデフレ時代が終わった後の歳出と歳入の設計は政治問題化せず、きちんと数式に沿って考えたいのです。その上で、闇バイトの問題とも関わりますが、格差の解消に今まで以上に真剣に取り組む必要があります。
ー最後に読者へのメッセージをお願いします。
デフレ脱却や賃上げには「格差が広がる」という副作用があります。
高額療養費や、最近話題の「103万円の壁」撤廃などにも、実は格差を広げてしまうリスクが潜んでいます。だから、私たちの責任というのは、政治の動きに関心を持っていただくことに加えて、やはり「今何が問題なのか」を正確に発信することだと思います。その情報をしっかり咀嚼した上で判断していただくことが、これから非常に重要になってきます。治安の問題も含め、政治は「現在の安心」「将来への希望」「将来の国の姿」の議論を通じて、決してポピュリズムに陥らない形で将来像を描く役割を担っているのです。
デフレの時代は、ある意味で楽でした。自分も隣人も豊かにならないけど貧乏にもならない。でもこれからは誰かが豊かになって、誰かが貧乏になる時代です。その中で、セーフティーネットをきちんと確立しながら、誰もが活躍できる社会を築いていくことが最重要課題になってきます。
ぜひ国民の皆さまも政治に関心を持ちつつ、いろいろな方向にアンテナを広げていただきたいと思います。
