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政治ドットコムインタビュー政治家インタビュー自由民主党・和田義明議員に聞く! 「北海道バレー」構想と日本の安全保障政策の現在地

自由民主党・和田義明議員に聞く! 「北海道バレー」構想と日本の安全保障政策の現在地

投稿日2024.10.7
最終更新日2024.10.07

米中対立が本格化する中、8月26日には中国軍機が日本領空を一時侵犯するなど日本の安全保障環境はこれまで以上に厳しくなっています。これと並行して経済安全保障政策も推進され、半導体を筆頭にハイテク産業関連のサプライチェーンの見直しが進んでいます。
今回のインタビューでは前防衛大臣補佐官・和田義明議員に現在の日本を取り巻く安全保障環境に関する認識や、地元・北海道で整備が進む「北海道バレー」ビジョンについて、また、和田議員の政治家としての原点や今後の国家構想についてもお伺いしました。

(取材日:2024年9月17日)
(文責:株式会社PoliPoli 秋圭史)

和田義明議員インタビュー

和田 義明(わだ よしあき)議員
1971年兵庫県出身。早稲田大学商学部卒業。
三菱商事勤務を経て、2014年義父である町村信孝元衆議院議員事務所に入所。
2016年衆議院議員選挙初当選(現在3期)。
これまで内閣府大臣政務官、内閣府副大臣、防衛大臣補佐官などを歴任。

(1)岳父である町村信孝元議員の意志を継ぎ政治の道へ

ーまず、和田議員が政治家を志したきっかけを教えてください。

きっかけは妻の父である町村信孝が病気になったことです。私はもともと政治家になるつもりはなく、当時の勤務先である三菱商事で勤め上げる予定でいました。

しかし、2012年に義父が脳梗塞で倒れ、一時は話すこともままならないような状態になりました。義父は、リハビリを経て政界に復帰することができたのですが、そのときに気が変わったんでしょう。私たちが結婚した当時は、自分の代で政治家は終わらせると言っていたのですが、脳梗塞を起こした次の年の正月に、「国のために働いてみないか」と政治の世界に誘われたんです。まったく予想していなかったので、とても驚きました。

ーその後はすぐに出馬を決意されたのでしょうか。

まず町村に政治家の仕事の様子ややりがいについて聞きました。その時に感じたのは、政治家の仕事はやりがいはあるけれど、落選するリスクがある上に休みもプライバシーもない、ということです。出馬すると決めるまで時間がかかりました。

ただ、三菱商事で20年ほど働き、社会人として折り返し地点に立つなかで、残りの社会人生活を自分の持てる力のすべてを完全燃焼させて終えたいなと思ったんです。最後に社会人生活を振り返ったとき、恐れず挑戦したな、ここまで頑張ったなと思える仕事をしたいと。民間企業でも面白い仕事はできるんだけれど、政治家はさらにさまざまな分野に関わって、しかも人様の役にたつことができる。1年半悩んだのちに、出馬を決意しました。

和田義明議員インタビュー

(2)男性の育休取得を推進するため、法改正に尽力

ー和田議員は現在3期目ですが、これまで取り組んできた政策のなかで、とくに印象に残っているものはありますか。

男性の育児休業を推進するため、育児・介護休業法を改正したことですね。発端は、自民党女性局で、男性の育児休業の取得率の低さが議題となったことです。そのときに私も女性局の所属で、男性の育休取得が進まないのは文化やマインドの問題なので、法律でラディカルにやらないと変わらないと発言したところ、じゃあ法律改正しようとなり、言い出した私が音頭をとることになりました。

2019年、自民党内で「男性の育休『義務化』を目指す議員連盟」を立ち上げ、松野博一議員に会長になってもらいました。はじめは厚生労働省もそんなに乗り気ではなかったんです。しかし、松野議員から厚生労働省の担当局長に対して「男性育休推進は絶対にやる。我々は一歩も引かない」と強く念押しし、また6月には、議員連盟でまとめた提言を安倍元総理に手交し、安倍元総理も「いい話だからぜひやりましょう」と言ってくださった。最後は厚生労働省にもがんばってもらい、2022年に育児・介護休業法が改正されました。

ー和田議員が男性育休に取り組まれたのはどのような思いがあったのでしょうか。また、2019年から2022年というとコロナ禍と時期が重なっているかと思いますが、コロナ禍での政策立案は大変だったのではないでしょうか。

2019年は新型コロナウイルス感染症の流行前でしたので、直接関係者にヒアリングすることができました。そのなかで特に印象に残っているのが、世のお父さんの7割以上がもっと育児に参加したいと思っているというアンケート結果です。私自身も子どもを持つ父親ですが、政治家になってからはほとんど休みがなく、子どもと会えない、一緒に遊んであげられないのが辛かった。多くの方が同じ思いをされていることにシンパシーを感じ、なんとかしなければならないと思ったんです。

また、男性育休の推進によって、産後のお母さんの自殺を減らしたいという思いもありました。国立成育医療研究センターの調査で、出産後1年未満に自殺した女性が2015年から2016年にかけて100名ほどいることがわかったんです。出産は本来喜ばしいことなのに、産後うつなどで自ら命を絶ってしまう方がいる。核家族化が進む中、産後のつらい時期に父親が育児に参加することで、お母さんの命を守りたいと考えたんです。

2020年からはコロナ禍となり、オンラインでの打ち合わせも多かったですね。そんななかで法律改正を行うことができたのは、先輩議員の助けや、メディアの応援もありました。おそらく、メディアで働く方々も不規則な長時間労働をしている方が多いので、男性が育児に十分に関われていないことに問題意識を感じていたのだと思います。国民のみなさんにはなかなか伝わりにくいですが、政策の裏側には、努力と情熱が詰まっています。結果だけ見るとわかりにくいですが、実は強い思いを持った議員が中心となって政策を進めているんです。一つの政策に多くの人のパッションが詰まっていることが、国民のみなさんにも伝わると嬉しいですね。

和田義明議員インタビュー

(3)防衛力強化のために防衛産業の育成が必要

ー2023年には防衛大臣補佐官を務められました。防衛大臣補佐官とはどういった役職で、どんなことに取り組まれたのでしょうか。

防衛大臣補佐官は、大臣を補佐する役職のことです。内閣総理大臣が任命する政務三役(大臣、副大臣、政務官)とは異なり、補佐官は大臣が自ら任命することができます。実は私が初代の防衛大臣補佐官で、主に防衛産業の強化と装備の海外移転関連の仕事をしていました。

もともと防衛大臣補佐官に就任する前から、私は自民党の議員連盟である「次世代の防衛産業の構築と海外装備移転を抜本的に促進する会」を設立し、防衛産業の育成や防衛装備の海外輸出に取り組んでいました。そこで、木原防衛大臣から新しいポストを作るから、防衛省で仕事してくれないかと頼まれたんです。私のミッションは、大きく防衛産業の困りごとを聞いて解決すること、海外との防衛協力を進めることの2つです。

実は日本の防衛予算が少ない上に輸出もできないために、防衛産業は長年苦境にありました。防衛省しかお客さんがいない上に、防衛省の調達は規制が厳しいので、企業にとってはほとんど儲けがない。だから開発にお金はかけられない。

しかし、世界情勢が緊迫化し、中国・ロシア・北朝鮮の脅威が深刻になるなかで、日本の防衛力を強化するために防衛産業を再興していかなければなりません。日本はイギリス、イタリアとともに次世代軍用機の共同開発を行うことを決定し、私も防衛大臣の代わりに各国の防衛大臣とも交渉を行いました。余談ですが、外国での交渉は商社マン時代を思い出しましたね。政治の役割は、今後は防衛産業に継続的に投資をしていくから民間企業もしっかりついてきてくれ、とその決意と覚悟を示すことです。

ー現在の安全保障環境についてどのように感じていますか。

私は今国会議員となって9年目ですが、初当選の頃の安全保障環境とは大きく異なっていると感じます。とりわけ大きな違いは日本が中国とロシアを安全保障上の脅威であるとはっきり認識したことです。9年前、米国もEUも中国とは経済的に協力関係にありました。ロシアとEUの関係も安定していました。しかし、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、戦争が現代に起こることを世界は再認識しました。

2016年には安倍元総理が「自由で開かれたインド太平洋」構想を打ち出し、インド太平洋の平和と経済的な協力を進めることが世界のコンセンサスとなりました。しかし現在は、軍事的な安定を第一に考えなければなりません。日本は資源・エネルギーの輸入国であり、海上輸送が止まれば国民生活に甚大な影響をもたらします。日本とインド、ASEANの協力関係構築のための努力はまだ始まったばかりで、これから関係を強固にしていく必要があります。一方で、イギリス、オーストラリアとは同盟国に近い協力関係を築いています。日本の味方を増やし、抑止力を高めていく必要があります。「インド太平洋戦略2.0」と題する本に自らの思いをまとめたので、ぜひ読んでいただければと思います。

ーご地元の北海道では、次世代半導体工場ラピダスの建設が進んでいます。経済安全保障についてはどのようにお考えでしょうか。

半導体は自動車やパソコン、スマートフォンなどに使われる部品です。しかし、日本は開発競争に敗れ、かつて世界の中で7割ほどだった半導体のシェアは現在1割程度。多くを外国からの輸入に頼っています。安全保障環境が厳しくなり、サプライチェーンの強靭化が国家の存亡に関わる今、半導体を国産化することは日本の産業にとって必要不可欠です。

また、私はラピダスを中心とした「北海道バレー」の構築を目指しています。ラピダスを核に、北海道を大学や研究機関の集積地にする。国内外から優秀な人材を集めるとともに、大学では半導体関連の人材育成を行う。ゆくゆくは、北海道の地の利を活かして半導体産業を起点にスマート農業、空飛ぶクルマ、無人除雪などを社会実装したいと考えています。さまざまな規制を見直し、新しいことにチャレンジできる環境を作り上げたいですね。

ー和田議員は、自民党スタートアップ推進議員連盟事務局次長を務められています。2022年には「スタートアップ育成5か年計画」が閣議決定されましたが、成果と現在の課題について教えてください。

一番の成果は、政府がスタートアップ育成に全面的に取り組むことについてコンセンサスができたことです。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は国内のスタートアップへの投資を開始し、防衛装備についてもスタートアップ活用を推進しています。また、日本版SBIR(Small/Startup Business Innovation Research)制度によってスタートアップ企業の持つ技術を早期に社会実装する体制を強化しました。さらに、スタートアップの人材獲得力向上のため、ストックオプション税制を見直し、年間の権利行使限度額の引き上げも行っています。

もともと、日本は他国と比べ、スタートアップへの投資が少ないことが課題となっていました。経済の成長のため、スタートアップ支援が必要であることが政府内の共通認識となり、医療分野をはじめとするさまざまな領域でスタートアップ支援が進んでいることは評価できます。

一方、これからの課題は未上場株式の取引市場、すなわちセカンダリーマーケットの整備です。現在、日本では未上場株の取引はほとんど行われておらず、未上場スタートアップの資金調達の足枷になっています。また、日本のベンチャーキャピタルの投資額はアメリカと比較しても小さく、ベンチャーキャピタルによる投資を活性化させるとともに、経済安全保障との関係に留意しつつ、海外からの投資を呼び込むことも重要です。

(4)凛として力強い日本を、次の世代につなげたい

ー和田議員が今後取り組みたい政策について教えてください。

これまでに子ども子育て政策や安全保障政策、経済安全保障政策などに携わってきました。次に取り組みたいのは食料安全保障です。世界人口は増え続けており、2100年には102億人となる予想です。現在の世界人口は約80億人ですから、増え幅はかなりのものです。しかし、耕作地は同じペースでは増えないので、長期的に食料が不足することが懸念されます。

今年の通常国会で、農業に関する基本法である「食料・農業・農村基本法」が改正されました。「食料・農業・農村基本法」では、食料の安定的な供給を確保することを基本理念に掲げていますが、これはまだスタートラインです。今後、地球温暖化や高齢化、安全保障環境の変化に対応するための施策の検討を加速していく必要があります。

ー最後に、日本をどのような国にしたいとお考えでしょうか。

一言で表すと、豊かでみんなが幸福を感じられる国ですね。いろいろな選択肢を選べる国にしたいです。私は、親の転勤によって高校時代をパリで過ごし、日本企業が最も勢いのある時代を経験しました。それから社会人になるタイミングでバブルが崩壊し、日本経済の絶頂と転落を目の当たりにしました。その経験も踏まえて、日本経済を立て直し、再び日本を世界で誇れる国にしたいです。また、平和国家として国際社会に貢献していくことも重要です。凛として、力強い日本を作っていきたいと思います。

和田義明議員インタビュー

この記事の監修者
政治ドットコム 編集部
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