
会社に雇用される従業員が退職時に受け取る退職金。この退職金にかかる税金が見直される可能性があることをご存じでしょうか。
2025年3月5日、衆議院予算委員会にて石破総理大臣が見直しの可能性について言及しました。現在の退職金税制は、同一企業に長く勤める長期勤続者ほど税負担が低い制度となっています。しかし、終身雇用制度が崩れ、転職する人が増えるなかで見直し圧力が高まっています。
この記事では、退職金税制の仕組みや、どのように変更される可能性があるのかについて、わかりやすく解説します。
退職金への課税額は? 税制の仕組み
現行の退職金税制では、退職金に対する課税は以下のように行われます。
- 退職所得控除
- 勤続年数に応じて一定額が控除されます。具体的には、勤続年数が20年以下の場合は「40万円×勤続年数」、20年を超える場合は「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」が控除されます。
- 例えば、勤続30年で2,000万円の退職金を受け取る場合には、控除額は1,500万円となりますが、勤続20年で2,000万円の退職金を受け取る場合には、控除額は800万円となります。
- 課税所得の計算
- 退職金から退職所得控除を差し引いた残額の1/2が課税対象となります。
これにより、長期勤続者ほど税負担が軽減される仕組みとなっています。
退職金税制見直しの背景
では、なぜ退職金税制が見直されようとしているのでしょうか。退職金税制の見直しには、主に以下のような背景があります。
- 社会経済の変化への対応:
- 雇用形態の多様化: 終身雇用制度が変化し、転職や早期退職が増加しています。これにより、短期の退職金受給が増え、従来の税制が想定していなかったケースが増えています。
- 高齢化と就労継続: 高齢者の就労継続が進む中で、退職金の受け取り時期が多様化しています。これに伴い、従来の税制では対応しきれない状況が生じています。
- 資産形成の多様化: 確定拠出年金などの普及により、退職金と並行して個人の資産形成が進んでいます。これにより、退職所得控除の重複利用など、制度の歪みが生じています。
- 税負担の公平性確保:
- 従来の退職金税制は、長期勤続を前提とした優遇措置が中心でした。しかし、雇用形態の変化に伴い、転職や早期退職した退職金受給者との間で税負担の公平性が問題視されるようになりました。
- また、高額な退職金を受け取る人に対して、税負担が軽減されすぎているとの指摘もあり、税負担の適正化が求められています。
退職金税制の具体的な見直し案
2024年11月に開かれた政府税制調査会の専門家会合では、転職する人が増える中、「若い人の選択が変わりつつあり、(働き方に)中立な税制を検討すべき」との意見が出され、2025年度税制改正論議で退職金課税を取り上げることが決まりました。
詳細な議論は今後行われますが、見直しの内容の一つの案として、勤続年数20年超の部分の控除額を現行の年70万円から年40万円に引き下げる案が検討されています。
転職する人が増えるなか、勤続20年を境に控除額が変わる現行の仕組みは、制度が始まった1990年から30年以上変わっておらず、時代遅れの制度となっているという指摘もあります。
退職金税制見直しによる影響
上記の見直し案が適用された場合、長期勤続者の税負担が重くなります。例えば、勤続38年で退職金2,000万円を受け取る場合、現行制度では控除額が2,060万円となり、課税対象額はゼロとなりますが、見直し案では控除額が1,520万円となり、課税対象額が480万円、その半額の240万円が課税所得となります。これにより、所得税・住民税合わせて約38万円の納税が発生することになります。
海外の退職金税制はどうなっている?
では、海外の退職金税制はどうなっているのでしょうか。
イギリスやフランスでは、平均勤続年数が短いなどの雇用環境を背景に、ほとんどの場合、日本のような高額な退職金は支払われません。また、役員等にまとまった退職金を支払う場合でも、特別な税控除は存在せず、通常の給与と同様に課税されます。
参考:政府税制調査会海外調査報告(イギリス、フランス、ドイツ)
退職金税制の今後の展望
2024年11月から始まった税制改正議論では、退職金税制の見直しが取り上げられました。しかし、同じ企業で長く働いた従業員の税負担が増える「サラリーマン増税」との批判が高まり、2025年度の税制改正では具体的な結論を出すことが見送られました。
今後の議論では、労働市場の流動化や多様な働き方に対応した税制の在り方が検討される見通しです。また、退職金税制の見直しが企業の退職金制度や従業員のキャリア形成に与える影響についても、慎重な議論が求められます。
まとめ
退職金税制の見直しは、労働市場の流動化や多様な働き方の進展に対応するための重要な課題です。しかし、長期勤続者の税負担増加や退職後の生活設計への影響も考慮し、中長期的な視点での議論が必要です。
2025年度の税制改正で再び退職金課税を取り上げることが決まっており、今後の議論の行方に注目が集まっています。
