政治ドットコムトピックス

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明治から昭和まで活躍した議員が語る「こんな候補者は信用するな」

「人たらし」と取るか「品がない」と取るか かつて、田中角栄は「人心掌握の天才」「人たらし」と絶大な人気を集めました。現代でも、残した言葉、エピソードなどは広く伝えられています。 田中はその人心掌握術と合わせて、政治の面でも豪腕をふるい多くの公約を実現させていきました。 明治23年(1890...

明治~大正の政治家たちの「トホホ」なエピソード3選

旅館の主人、憲政の貧乏神に怯える 「憲政の神様」といえば尾崎行雄ですが、「憲政の貧乏神様」とは誰を指すのか。大正時代の人々は、犬養毅をこう称していたようです。 大正5年に発行された「列伝シクジリ代議士」(参政閑人編)によれば、犬養がまともな布団で眠れるようになったのは50歳を過ぎてから。江戸...

女性の社会進出、ダブルインカム、シルバー人材活用を実践していた大正時代の政治家

頼母木が唱えた「共稼ぎ主義」 大正時代、現代に先駆けて「能力のある女性は社会でその才能を発揮させるべき」と説き、自らも夫婦共働きで、ともに大きな成果を残した政治家がいます。 頼母木桂吉は、明治時代後期に新聞社で辣腕をふるいます。報知社(現在の報知新聞)時代には、日本初の夕刊を企画して読者を激...

アメリカの奴隷から日本の総理大臣へと至った人物は誰?

自分が奴隷だとは思っていなかった高橋是清 大蔵大臣として辣腕をふるい、後には総理大臣も務めた高橋是清。 その風貌から、「だるまさん」の愛称で国民にも親しまれた是清は、1854年に幕府御用絵師・川村庄右衛門のもとに生を受けました。 生後まもなく仙台藩の足軽高橋覚治の養子になった是清は、俊才を発揮...

腹痛・ギャンブル・初体験〜明治の偉人のうっかりエピソード3選

「郵便制度の父」前島密、痛恨の置き傘 「郵便制度の父」と呼ばれる前島密は、1870年(明治3年)、郵便制度の視察と鉄道建設借款契約締結のため渡英します。 ある日の休日、ロンドンを出てベルリンへ向かう途中、小洒落た喫茶店で休憩することにしました。 コーヒーを注文し飲んでいると、前島はだんだんとお...